『剣客商売』はいつまでも愛され続ける 時代劇に必要なものが凝縮された不朽の名作

『剣客商売』はいつまでも愛され続ける

 『剣客商売』は池波正太郎のベストセラー時代小説が原作で、1973年から何度も主演を変えながらドラマ化されている。『鬼平犯科帳』と並ぶ2大人気時代劇だ。なかでも藤田まことが主人公を演じたシリーズは1998年から、藤田が亡くなった2010年まで長きにわたって続いた。シリーズ5作とスペシャルドラマ6作が制作されている。

 時代は江戸時代中期。剣の達人・秋山小兵衛(藤田まこと)は、四十歳近く歳の離れたおはる(小林綾子)と再婚し、公私共に充実した日々を過ごしている。おはるが「先生」と呼んで慕う小兵衛は、剣の腕は立つが、妻の前では膝枕をねだるような甘々なところもある、飄々とした人物だ。対して、一人息子の大治郎(シリーズ1〜3は渡部篤郎、4以降山口馬木也)は生真面目一本やり。小さな剣術道場の師範として、地道に生きている。

 人としての器は大きいが「小」兵衛、父のようにはまだまだなれない息子が「大」治郎(原作小説の解説では「剣術ひとすじに生きる白髪頭の粋な小男・秋山小兵衛と浅黒く巌のように逞しい息子・大治郎」となっている)正反対の父子が、江戸の町にはびこる物騒な事件の数々を剣術で解決していく。

 大治郎の妻・三冬(シリーズ1〜3は大路恵美、4以降寺島しのぶ)は時の老中・田沼意次(平幹二朗)の娘で、小兵衛と意次は懇意になる。それによって政治的な話も見え隠れする。意次といえば、賄賂政治が注目され、長らく評判の悪かった人物だが、近年の歴史研究では、実は社会のためになる政治を行っていたのではないかという説が支持されるようになっている。『剣客商売』では意次を主人公側に近い、よさそうな人として描いていて、画期的だ。おりしも『剣客商売』と近い時代を描いているNHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』でも、渡辺謙演じる意次は単なる賄賂目的の悪人ではなさそうで、平幹二朗の意次を思い出した時代劇ファンもいるようだ。

 小兵衛、大治郎による親子鷹の硬派な物語と並行して、はるや三冬、大治郎の息子・小太郎(シリーズ5から)といった家族や、秋山家を取り巻く人たちの人間模様が毎回人情味豊かに描き出される。

 食の描写に定評ある池波正太郎作品だけあって、たびたび出てくる料理も楽しみのひとつで、家族で視聴を楽しめるほのぼのホームドラマのような面もある。

 家庭を大事にしながらも、小兵衛はひとたび事件があれば別人のように厳しい顔になる。藤田まことの絶妙な2面性が『剣客商売』を奥深いものにしている。藤田は、喜劇俳優として時代劇コメディ『てなもんや三度笠』(TBS系)で人気を博し、昼行灯が夜は殺し屋という『必殺』シリーズの中村主水役で大ブレイク。続いて、人情刑事を演じた『はぐれ刑事純情派』(テレビ朝日系)もヒットした。一家にお茶の間があった時代、徹底的に庶民の味方を演じ続けて、お茶の間の人気者であり続けた。息の長い人気キャラを何役も持ったことはなかなか稀有であろう。そして晩年の代表作が『剣客商売』。小兵衛はこれまでの藤田の役柄(庶民派で軽みがあるが実力派)の集大成のような役であった。ふだんは穏やかだが、ここぞというときの集中力の鋭さ、相手の太刀筋を見切り、激しく動かずとも一撃で決める藤田の所作は、唯一無二。これぞ達人という圧倒的な貫禄だ。

 小兵衛は、大治郎にももっと肩の力を抜いて生きてほしいと願っているようなのだが、なかなか父の域には到達できそうにない。大治郎は生真面目な設定なので、立ち回りの場面になると、腰をすっと落とし構えたところから、剣術の基礎をしっかりなぞっているように見えて、殺陣からも人物の個性がにじみ出る。『剣客商売』とは息子が偉大なる父と共に歩みながら、人生と剣の道を学んでいく物語なのである。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる