映画『はたらく細胞』は武内英樹監督の集大成に 後半のシリアス展開が光る物語構成

 人気漫画『はたらく細胞』を実写化すると聞いたときは、期待より不安のほうが大きかった。はたして、あの世界観を具現化できるものなのか。陳腐なコスプレコメディになってしまうのではないか。だが監督は武内英樹と聞いた時点で、その不安は消し飛んだ。

 武内英樹が作り上げてきた漫画・小説の実写化作品に、ハズレはない。彼が作る作品はコメディが多いが、それは、大の大人が120%の力で命をかけて作り上げたコメディだ。演者も半笑いでゆる~くおちゃらけたノリの「どうせこんなんが面白いんでしょ?」といった、観衆を舐めた姿勢で作ったような作品は、1本もない。


 その点にはなんの不安もないのだが、問題はキャスティングである。過去、『のだめカンタービレ』シリーズの上野樹里、『テルマエ・ロマエ』シリーズの阿部寛、『翔んで埼玉』シリーズのGACKTと、武内監督は「この役はこの人以外に考えられない!」という絶妙なキャスティングを行ってきた。だが、今作の主人公・“映画史上最小の武闘派ヒーロー”白血球を演じるに足る俳優がいるのか。

 白血球は一見コワモテだ。無表情でぶっきらぼう、そして、宿敵である雑菌を殺すときの殺気、及び瞳孔の開き具合は、ほぼシリアルキラーのそれである。一方、戦闘時以外は、不器用ながらもとてもいい人である。危なっかしい赤血球のことを、いつも気にかけている。このキャラクターにぴったりハマり、かつバリバリに動ける俳優……。いた。佐藤健だ。

 彼の持つ、単なる男前では収まらない「鋭さ」は、“殺気あふれる武闘派ヒーロー”にぴったりである。そもそも、彼の代表作である『るろうに剣心』シリーズの緋村剣心が、そういう男だ。普段は人のいいお調子者の仮面をかぶっているが、元々は長州藩お抱えの人斬りである。明治になってからは、逆刃刀を持ち、不殺を誓っているが、大事なものを傷つけられそうなとき、昔の人斬りが顔を出す。そのギャップが、剣心及び佐藤健の魅力だ。白血球も、雑菌を相手取る際のバーサーカーぶりと、赤血球(永野芽郁)や血小板(マイカピュ)に接する際の優しさとのギャップが、大きな魅力である。


 アクションに関しても、「白血球は、僕にとって集大成のような役」、「『るろうに剣心』以上のアクションを見せないと、自分がやる意味がない」(※ともに公式パンフレットより)と、並々ならぬ決意で挑んだようだ。『るろうに剣心』シリーズのスタントコーディネーターだった大内貴仁に自ら声をかけ、白血球としての技斗を、作り上げていった。

 今作の前半部分は、いつもと同じく武内監督の出力120%コメディだ。この大いなる物語の舞台となるのは、芦田愛菜の体内である。本体である芦田愛菜が恋にときめくと、DJ KOOを主導にしてサンバ隊が踊り狂う。上品で育ちの良さそうな彼女だが、恋をしたときのドーパミン分泌による盛り上がり具合は、我々庶民と同じのようだ。

 前半コメディパートの山場は、なんと言っても押し寄せる大便軍VSそれを阻む肛門括約筋軍の戦いである(このシーンの本体は、さすがに芦田愛菜ではなく阿部サダヲ)。肛門括約筋軍のリーダーは、一ノ瀬ワタルだ。彼にとっても今作は、話題となった『サンクチュアリ -聖域-』(Netflix)と並ぶ、代表作となるだろう。ワーグナーの『ヴァルキューレ』が荘厳に鳴り響く中、消化されなかった巨大なコーンの粒なども流れてきたりして、なんというかもう、いろんな意味でギリギリである。


 このまま、大笑いして平和に終わると思っていた。『テルマエ・ロマエ』シリーズや『翔んで埼玉』シリーズのように。だが今作は、主演・佐藤健だけではなく、監督・武内英樹にとっても、集大成となる作品だったのかもしれない。後半、物語は突然シリアスモードになる。本体・芦田愛菜を襲った大病との戦いに、仲間の細胞たちは、ひとり、またひとりと、命を落としていく。筆者は劇場で観ていたのだが、悲壮感あふれる展開に、周囲からはすすり泣きの声が聞こえた。筆者も危なかった。

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