ジェーン・バーキンのカリスマ性が光る アニエス・ヴァルダとのタッグ作を“いま”観る意義

 この『アニエス V. によるジェーン B.』がアイデアの起点となって生み出された作品が、もう一つの映画『カンフーマスター!』だ。「カンフーマスター」と言っても、ジェーン・バーキンがカンフーの修行をするといった内容ではない。あくまで、彼女を主演に据えた恋愛映画なのである。このタイトルは、ジャッキー・チェン主演の香港映画『スパルタンX』(1984年)を基に日本のゲームメーカーが開発したアーケードゲームの、日本国外版の呼び名として知られている。つまり、ゲーム作品のタイトルをそのまま持ってきているということだ。こちらの題名からも、ヴァルダ監督のユーモアセンスを感じ取ることができる。

『カンフーマスター!』©︎CINÉ TAMARAS / ReallyLikeFilms

 だがこの作品は、並大抵の恋愛映画とはいえない。なんと、ジェーン・バーキン演じる40歳の女性が、娘の同級生である15歳の少年と恋に落ちるという物語なのだ。その少年ジュリアン(マチュー・ドゥミ)のお気に入りのゲームが「カンフーマスター!」だったというわけだ。このゲームのポップな雰囲気とともに軽やかな雰囲気で、この危うい物語は進行していく。

 ちなみにこの若い相手役を演じたマチュー・ドゥミは、アニエス・ヴァルダの息子である。そして主人公マリーの二人の娘役もまた、ジェーン・バーキンの娘、シャルロット・ゲンズブールとルー・ドワイヨンが演じている。この子役たちは、その後も全員が俳優として活躍しているのが興味深い。なかでもシャルロット・ゲンズブールは、初映画監督作として、母ジェーン・バーキンと自分との関係を追ったドキュメンタリー『ジェーンとシャルロット』(2021年)を手がけている。

 当時からしても、未成年との年の差がある恋愛というのは、非常にセンシティブなテーマだった。実際に劇中でも、二人が恋人として触れ合う姿を見た、シャルロット・ゲンズブール演じる娘が、「未成年略取」だとして親をなじるシーンがある。この作品においては、奔放な行動ばかりする大人たちに対し、娘だけが社会的にまともな判断力を持っているのが面白い。

『カンフーマスター!』©︎CINÉ TAMARAS / ReallyLikeFilms

 なぜヴァルダ監督は、あえてこのような題材を選んだのか。それは彼女が、女性を従来の従属的な立場から解き放とうとする女性解放運動の流れのなかで、ユニークな視点から参加してきたことが関係していると思われる。フランスにおける歳のカップルは、やはり男性が年上であることが多く、実際にジェーン・バーキンと二番目の夫セルジュ・ゲンズブールの年の差は18歳だった。

 もちろん、ジェーン・バーキンは成人してのちセルジュ・ゲンズブールとの交際を始めたので、『カンフーマスター!』のような倫理上の問題はないことは明らかだが、その差がもし逆だったとしたら、世間の対応は変わっていたのではないか。この作品は、子どもを大人が恋愛対象とすることの問題を描きつつも、そんな社会の固定観念や性差への反応に一石を投じる意味があったのではないか。

 アニエス・ヴァルダは、ベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞した監督作『幸福』(1965年)でも、タイトルに反した皮肉めいた展開が印象的だったが、『カンフーマスター!』もまた、軽やかでポップな雰囲気から、意外な方向に物語が動き、衝撃的な展開へとたどり着く。そして、人それぞれにストーリーがあり、そこには立場だけでは割り切れない、人間的な選択があることも表現している。そのような物語を、当時のHIVウイルスの流行や同性愛に対する差別の状況とともに描いたことでも意義深いものがある。

『カンフーマスター!』©︎CINÉ TAMARAS / ReallyLikeFilms

 トリビュート上映「ジェーン B.とアニエス V. ~ 二人の時間、二人の映画。」は、ジェーン・バーキンの、ヴァルダ監督との人生の交差はもちろん、40歳という人生の中間地点といえる年齢に達し、仕事や子育てに追われながらも充実した日々を送っていた時期の、彼女の生き方や、ヴァルダ監督の社会への見方が、じっくりと味わえる内容となっている。

 その年代、その時期の一瞬を通し、現在を生きるわれわれ観客が、この2作をどのように理解し、自分たちの生き方にどう反映させるかを考えることで、この上映企画は真に完成することになるのだろう。それこそが、過去の映画を振り返る醍醐味でもあるのだ。

ジェーン B.とアニエス V. 〜 二人の時間、二人の映画。『アニエス V.によるジェーンB.』『カンフーマスター!』を8月23日(金)から特別追悼公開

■公開情報
『ジェーン B. とアニエス V. ~ 二人の時間、二人の映画。』
8月23日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、テアトル梅田、京都シネマ、シネ・リーブル神戸ほかにて全国公開

<上映作品>
『アニエス V. によるジェーン B.』
監督・脚本:アニエス・ヴァルダ
出演:ジェーン・バーキン、ジャン=ピエール・レオー、ラウラ・ベティ、フィリップ・レオタール、アラン・スーション、セルジュ・ゲンズブール、シャルロット・ゲンズブール、マチュー・ドゥミ、フレッド・ショペル
1988年/フランス映画/フランス語/99分/1.85:1/5.1ch/DCP&Blu-ray/日本語字幕翻訳:横井和子

『カンフーマスター!』
監督・脚本:アニエス・ヴァルダ
出演:ジェーン・バーキン、マチュー・ドゥミ、シャルロット・ゲンズブール、ルー・ドワイヨン、デヴィッド・バーキン、ジュディ・キャンプベル、アンドリュー・バーキン
1988年/フランス映画/フランス語/88分/1.85:1/5.1ch/DCP&Blu-ray/日本語字幕翻訳:橋本裕充

配給:リアリーライクフィルムズ
後援 : agnes b.
©︎CINÉ TAMARAS / ReallyLikeFilms
公式サイト:https://www.reallylikefilms.com/janeetagne

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