NHK 美術チームの真髄がここに! 『光る君へ』の世界を形作る職人技の裏側を聞く

『光る君へ』の世界を形作る「美術」を聞く

越前:松原客館、越前国府

 「越前での生活は、まひろにとって、平安京をはじめて出て、京以外で暮らした貴重な時間と捉え、セットも世界観の変わったデザインにしました」と山内さん。

「越前編をはじめるにあたり、明確な資料がなく、手探り状態でした。考古学の資料や報告書などを研究したり、建築考証の三浦先生に勉強会を開いてもらったりしながら当時の建物がどうであったか推測し、スタッフ間の共通のイメージを作りました。当時必ずこうであったというわけではなく、おそらくこうであったのではという推測と、まひろに夢を与えてあげたいという考えからファンタジーな世界になっています」    

 その最たるものが松原客館だ。

「為時とまひろが越前国府に赴任する際に立ち寄った宋人たちのための迎賓館です。海の近くに建ち、朱塗りで瓦屋根、池、石、木、橋、亭などの5つの要素が揃った『園林』と歳寒三友と呼ばれる松竹梅、土間での靴生活、椅子、テーブル、カーテンを使用したスタイルなど、建築、庭園、調度など中国様式で、見るもの、聞くもの、食べるものなどまひろにとってすべてが印象的で刺激的な新世界の入口です」

 図面を書いたのは、枝茂川さん。

「福岡に鴻臚館という松原客館に似たような迎賓館があり、発掘調査で発見されたものが復元されていて、そこにも取材にいきました(飛鳥・奈良・平安時代の外交施設で中国大陸や朝鮮半島からの使節団の迎賓館)。そこにも当時、赤い建物が建っていたということがわかり、越前編で取り入れることにしました。中国庭園様式で、赤い建物がメインの正殿で、角にある八角形の亭のほか、宿坊、宋人たちの休憩所などから構成されています。それぞれに中国風の調度品を取り入れ、手すりは卍崩しと言われる、法隆寺などでも使用されている文様を取り入れました。宿坊には平安時代に珍しい建具が入っています。平安京では蔀戸や両開きの妻戸がほとんどですが、松原客館では中国風の紗幕を取り入れた特殊な建具を使用しています。その紗幕の文様は、越前和紙で有名な墨流しの技法を取り入れました。墨流しで描かれたものは、建物が海の近くにある設定にしているので、海の波や海岸に生えた松林をイメージしました」

 歳寒三友――松竹梅というのは、松と竹は冬でも常緑で、梅は冬に花が咲くことから中国では縁起のいいものとされている。それを松原客館にも取り入れた。とくに、福井のシンボルツリーが松なので、隠れ松をあちこちに配置したと枝茂川さんは語る。

 ほかには、蘇州付近、太湖周辺の丘陵から切り出される穴の多い奇石・太湖石を使用したり、オウムを飼育しているようにしたりして異国情緒にあふれている。また、全体的に赤を多く使っているが、青く光る瑠璃灯籠も幻想的な世界観を盛り上げるひとつだ。

 「赤と青の世界が融合されたセットです」と枝茂川さん。迎賓館も豪華だが、為時の執務室である越前国府も、これまでの為時の館とはまるで違う立派なものだ。

「これまで貧しかった為時がはじめてのビッグチャンスを掴み、大きな役職となったので、いままで苦労した分、立派に見せてあげたいと考えました。いまでいう県知事とその娘という感じなので、もてなされている感じにしてあげたいと思いました」と山内さん。

 平安京・内裏の白木、檜皮屋根、板敷に国風文化の室礼に対して朱塗り、瓦屋根、土間に敷物、椅子、テーブルなどの唐風の室礼で装飾した。アプローチとして敷地中央に廊を配置し、その奥に座らせることで越前国守となった為時の存在が際立つように設計してある。

 「廊は平安時代ならではの建築様式で、奈良の法隆寺、薬師寺、京都の平安神宮で見ることができます。片方は格子の壁で、もう片方が柱だけで構成されています。『光る君へ』でははじめて出しました」と枝茂川さん。

 為時の執務室は風格を感じさせるもの、まひろの部屋はプリンセス感のあるものにした。

「台本にはそこまで指定してありませんが、海外のいいホテルのような雰囲気で、机に越前和紙がウェルカムペーパーとして置かれているのはどうだろうと美術チームで考えたところ、演出チームがその紙にまひろが旅の感想を書くシーンを作ってくれました」

 越前和紙をはじめとして、部屋のそこここに細かい工夫を凝らしている。調度品は赤を多くし、唐櫃も赤。赤つながりで、隠れ梅を配置。例えば墨置きの青磁の文様は梅になっている。

「福井県越前市の紫ゆかりの館という資料館へ取材に行ったとき、越前和紙で、下向行列を和紙人形で再現しているのを見たら、唐櫃が赤かったので、セットでも赤くしたら知っている方は気づくかなと」

 枝茂川さんは画の隅々まで楽しめるように小ネタをたくさん仕込んでいる。松原客館では当時中国では使用されていたカーテンを使用したが、国府では赤い御簾を使って違いを出したり、越前国府を発掘中の場所で出土した円面硯を越前国府の執務室の机に置いたり、松原客館にいたオウムが、為時の唐櫃の文様になっていたり。

 「話が進むと、まひろが海岸で拾った貝殻も部屋に置かれます。やがて平安京に戻ったときに持ち帰ります。まひろは自分が出かけた先で興味をもったものを拾ってきて再利用するようなことをするキャラクターで、三郎と出会ったときの川の小石を拾って文鎮かわりにもしているので、越前では貝殻を使うことにしました」(枝茂川)

越前:紙漉き農家

 越前編で重要なのは、まひろと紙の出会いだ。越前和紙のひとつで打雲という名の高級紙が登場し、まひろははじめて柄の入った紙に和歌を書く。

 『光る君へ』では紙がとても重要な存在として描かれている。

 「文明が後世に残ったのは紙のおかげです」と山内さん。「人類にとって大切な紙作りを、越前では千年以上にわたり育んできました。冬の厳しい雪深い寒さのなかで紙づくりが行われていたことを表現したいと思い、越前・紙漉き農家のセットに力を入れました。場面自体はわずかワンシーンしかないとはいえ、まひろが紙がどうできるか初めて知る重要なシーンです。文学者にとって紙がいかに大事か感じる場面はきちんと視聴者にお届けしたいということで、地元の方から、紙の作り方や使用する道具を教わり、実際に紙づくりで使用している貴重な道具をスタジオに持ち込んでいただいたことで平安時代の紙工房を表現することができました。紙を作っている農家の人たちの役は、地元の紙職人の方々に演じていただきました。道具のご提供や出演のご協力がなければ成立しないシーンでしたので、番組の主旨を理解して全面的にご協力していただいた地元の方々には感謝しかありません」

 山内さんはしみじみ振り返った。

「格子の窓からの灯りと衣装の雰囲気も相まって、あたかもフェルメールの『牛乳を注ぐ女』のような一枚の絵画のようなシーンが美しい画が撮れたと思います」

 また、小屋の表の雪深さを表現にも力が入っている。紙作りには豊富な水が必要だ。実際は川に近い山のほうに小屋があり、川の水のなかで作業するが、そこまでは表現できない分、雪の深い感じを出すように心がけた。

 雪飾りは毎回見るたび感動すると山内さんはスタッフの仕事を絶賛する。

「雪は、特殊効果のスタッフが綿で作っています。綿を毛羽立たないように気をつけながら、積雪を表現し、泡を降らして降雪を表現します。ほんとうに雪のように見えるのは、スタッフの魂がこもっているから。氷柱(つらら)も全部、特殊効果さんが特殊な樹脂で毎回つくっています。保存がきかないものなのです」

 丁寧に作られた雪や氷柱のほか、小屋の外には紙の原料である雁皮(がんぴ)が干してある。雁皮を採って皮を剥いで煮て、綿のように柔らかくなるまでたたき続け、それを紙漉き舟のなかにいれて、紙漉きを行うのだ。

 この紙漉き農家の表現に、山内さんたちは全力を注いだが、シーンとしては120分ほどで撮影が終わるものだった。それでも「この工程がまひろの目にどう映るか、表現したかった」と山内さんは熱く語る。

 さらに驚くべき話があった。紙漉き農家と、ドラマ序盤で重要だった廃邸のセットを飾り変えて同じ日に撮影しているというのだ。

 建物を流用し、飾りを変えることで驚くほど短い時間でセットチェンジをしている。これが伝統あるNHKの技術だと山内さん。

「足したり引いたりしながらセットを飾っていきます。まひろさん(吉高由里子)がXで、セットの建つ速さにびっくりしたとつぶやいてくれていて嬉しかったです」

廃邸

 廃邸はまひろと道長(柄本佑)の逢瀬に使用された印象的な場所だ。

 「元は貴族の屋敷であった場所がいまや風化し荒れ果てた空間となっている。そこで逢瀬を重ねるまひろと道長。2人の人生の岐路にあたる特別な場所に、『六条』『夕顔』『なにがしの院(廃院)』『ものの怪け』など『源氏物語』から連想される要素を盛り込みながら、この世ともあの世とも分からない幻想的な世界を表現。目指したのは『諸行無常』の儚さ。自然に還りつつある寝殿や池の面影がかつての栄華を感じさせる。朽ち果てていくものと生きようとする植物の力、それらを照らし続ける太陽と月光が、隔世された神秘的な場所を作りあげました」と山内さん。

 ヒントにしたのは平安神宮の東神苑にある「泰平閣」という栖鳳池を東西にまたいだ橋殿だ。それがまひろと道長の離れたり近づいたりする距離感を表現しやすいのではないかと考えた。

 オンエアで印象的だったのは、まひろと道長が結ばれる場面で、崩れ落ちた屋根の穴から月が見えるところ。空から光と共に銀粉が降り注ぐ幻想的な画になった。

「月から滴る雫がほしいという演出の黛りんたろうさんのリクエストで作りました。照明、特殊効果のスモーク、美術の三位一体によって、『源氏物語』の世界観のような雰囲気を作りあげました」

 廃邸やまひろの家には寝殿造りの庭園に欠かせない池があるが、どのような思いで作り込んでいるのだろうか。

「池はこの世とあの世をつなぐ三途の川のイメージもあります。また、水は男女のゆらぎや心のゆらぎも表しています。月や顔が映すこともでき、水があることで画が幻想的になっています」

 このように『光る君へ』の世界観を美術が似合う部分は大きい。毎回、細部までじっくり観察したい。

■放送情報
『光る君へ』
NHK総合にて、毎週日曜20:00〜放送/ 翌週土曜13:05〜再放送
NHK BS・BSP4Kにて、毎週日曜18:00〜放送
NHK BSP4Kにて、毎週日曜12:15〜放送
出演:吉高由里子、柄本佑、黒木華、井浦新、高杉真宙、吉田羊、高畑充希、町田啓太、玉置玲央、板谷由夏、ファーストサマーウイカ、高杉真宙、秋山竜次、三浦翔平、渡辺大知、本郷奏多、ユースケ・サンタマリア、佐々木蔵之介、岸谷五朗、段田安則
作:大石静
音楽:冬野ユミ
語り:伊東敏恵アナウンサー
制作統括:内田ゆき、松園武大
プロデューサー:大越大士、高橋優香子
広報プロデューサー:川口俊介
演出:中島由貴、佐々木善春、中泉慧、黛りんたろうほか
写真提供=NHK

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