韓ドラ広辞苑を作ろう!

『SKYキャッスル』の重要ワード“SKY”とは? 韓国ドラマが問い直す“超学歴社会”の弊害

 サブスクの台頭により、すっかり身近な存在になった韓国ドラマ。その魅力の一つに、日本とは異なる文化様式を知る楽しみがある。

 ライターの荒井南が、韓国ドラマに頻出するワードから韓国独自のカルチャーを分析・解説する連載「韓ドラ広辞苑を作ろう!」。第2回は、日本でのリメイクも決まった『SKYキャッスル』の「SKY」を入り口に、韓国の受験事情を紐解く。

韓国の常識「SKY」、のし上がるための秘策「ポートフォリオ」

『SKYキャッスル~上流階級の妻たち~』(写真はJTBC公式サイトより)

 『花より男子〜Boys Over Flowers』などで知られる俳優ク・ヘソンが、先日自身のSNSに大学の合格証明書をポストした。大学の名前はKAIST。Korea Advanced Institute of Science and Technologyと呼ばれる国立大学、韓国科学技術院だ。全ての講義が英語で行われるため、TOEFL80点以上が入学条件という難関を突破しての入学だ。

 “韓国で最も美しい女優”と称され、『天国の階段』の悪女キャラをはじめ数々の名ドラマで活躍してきたキム・テヒも、“韓国の東大”と呼ばれるソウル大出身者だ。超競争社会、学歴偏重社会で生きる韓国の俳優たちは、演技力を求められるだけでなく、ルッキズムやエイジズムに縛られ、さらに頭脳明晰であることも必要とされる。

 もちろん一般社会も変わらない。とりわけ近年では学校ではなく塾や家庭教師といった「私教育」が重視されている。どの大学に入学するかによって将来が決まると信じられているからだ。その証拠に、韓国統計庁の「2022韓国の社会指標」(※1)によると、2021年の大卒者の賃金を100.0%とした最終学歴別の賃金水準は、中卒以下48.9%、高卒64.4%、専門学校卒78.2%、大学院卒145.5%水準。大卒者の賃金は高卒者の約1.6倍であり、大学院卒業者の賃金は高卒者の約2.3倍、大卒者の賃金の約1.5倍であった。低学歴による格差や差別は親のみならず子まで続くと思い込まれているため、名門大学への進学は、永遠とは言わないまでもそれに近い価値を持つのだ。『SKYキャッスル〜上流階級の妻たち〜』
は、そうした社会背景を色濃く反映した代表的なドラマだ。

 舞台となるSKYキャッスルは、富・名誉・権力を手にする者だけが住んでいる架空の高級住宅街。“SKY”とは、先述した最難関のソウル大学(S)、韓国最古かつ最大の権威があり、日本の早慶に匹敵する高麗(コリョ)大学(K)、名門私立総合大学の延世(ヨンセ)大学(Y)の頭文字を合わせた略語だ。主な住民は、整形外科医の夫ジュンサン、イェソら娘たちと暮らすソジン、ジュンサンの後輩ヤンウの妻ジニら一家、ロースクール教授ミニョクと妻スンヘら一家、そして秀才な息子ヨンジェをソウル医大へ合格させた、大学病院神経学科長スチャンと妻ミョンジュ。物語は、ヨンジェの合格祝いに盛大なパーティーを開くソジンの姿で幕を開ける。金と労力を惜しまずミョンジュに尽くすソジンに、「自分の子供が合格したわけでもないのに」とジュンサンは呆れ顔だが、彼女がミョンジュに取り入ろうとするのは、ソウル医大に合格したヨンジェの“ポートフォリオ”を手に入れたいがためだった。

 “ポートフォリオ”とは、学生の課外活動や受賞歴等が記載された学習履歴を指す。生徒会の役員活動のみならず、福祉施設へのボランティア、企業でのインターンをどのくらいこなしたか、読書履歴と時間などが事細かく記載されている。劇中、ミニョクが仕切る読書会がSKYキャッスルで行われていたり、イェソが慈善活動や病院への企業訪問に勤しむ姿が描かれているが、すべてポートフォリオを充実させるためだ。

 韓国では、日本でのセンター試験に相当する「大学修学能力試験」、通称:修能(スヌン)がある。一時期、試験会場に遅刻しそうになる受験生を白バイが乗せて行く映像がよく日本のワイドショーで報道されたことがあったが、2021年度の調査によれば修能での入学者は全大学入学者の23%と少数派になりつつある(※2)。多数を占めるのは、日本で以前AO入試と呼ばれた「総合型選抜」に似た「随時募集」を利用した学生だ。そもそも“SKY”を受験できる生徒は皆ずば抜けて学習の成績がトップレベル。単純に試験結果だけでは優劣がつけられないのだ。ソジンはたびたび「学力だけで進学できる時代ではない。借金してでも、汚い手を使ってでも有名大学に入れようとする時代だ」と言い放つ。「随時募集」で他を出し抜くために、華々しい経歴がきら星の如く書き込まれた“ポートフォリオ”が不可欠になる。

テチ洞のスター「イルタ講師」

『イルタ・スキャンダル 〜恋は特訓コースで〜』(写真はtvN公式サイトより)

 イェソら子供たちが通う学習塾街も、『SKYキャッスル』のもう一つの舞台だ。字幕では出てこないが、劇中の登場人物ははっきり“テチ洞”と言っている。テチ洞とは韓国の江南区に実在する地域で、国語、数学、科学など、細かい教科に分かれた塾が路地まで乱立している(※3)。入試のための塾の95%がここにあるとされているテチ洞の主役が「一流スター講師」、通称“イルタ講師”と呼ばれる優秀な教師たちだ。

 ドラマ『イルタ・スキャンダル 〜恋は特訓コースで〜』では、変わり者なくらい仕事一筋で、優秀さと教育への熱意だけで生きているイルタ講師、チヨル(チョン・ギョンホ)が登場する。彼は自称「1兆ウォンの男」だが、たとえば累積受講生850万人を誇る数学のチョン・スンジェ講師は、あるバラエティ番組で年収を「メジャーリーグ選手に似ている」と明かした(※4)。裕福な家庭の子供は有名塾やイルタ講師に高い授業料を払って私教育を受ける反面、貧しい家庭の子供は高価な塾代を賄うことができず、私教育を受けられないため、自然と裕福な家庭の子供と貧しい家庭の子供の間で学力の二極化が深刻化している。

 その一方、“イルタ講師”という人気稼業も、塾の雇われの身でしかない。契約や移籍によるもめ事は日常的に起きていて、競合企業への移籍で争いになり損害賠償請求にまで至ったケースもある。かつて生徒との間に起きた事件をきっかけに摂食障害に苦しむチヨルのように、受講生や保護者からのプレッシャー、同僚からの嫉妬によるストレスからも逃れられない。実際、ある講師は「“イルタ講師”になって、なぜ人気スターが自殺をしてしまうか分かった」とこぼしている。彼らもまた受験生と同じく激しい競争を勝ち抜いていかなければならないのだ。これも学歴偏重社会の悲劇と言える。

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