『十角館の殺人』はエポックメイキングな作品だ 大学生たちの“苦い青春ドラマ”的な側面も

『十角館の殺人』はエポックメイキングな作品

 Huluオリジナル『十角館の殺人』は綾辻行人が1987年に発表した同名小説(講談社文庫)をドラマ化したものだ。この小説でデビューした綾辻は、新本格ミステリの旗手として後続の作家に大きな影響を与えた。

 新本格ミステリとは、一種の古典回帰運動で、松本清張ら社会派ミステリの台頭によって、後退していたミステリの持つ「知的なゲーム」としての面白さを復活させる試みだった。新本格ミステリは不気味や洋館や嵐の山荘といった荒唐無稽な舞台をあえて選択し、極度にキャラクター化された名探偵や連続殺人犯といったフィクションの中でしか成立しない存在を積極的に登場させることで、閉じた密室の中でこそ成立する娯楽性を全面に打ち出した。その影響は西尾維新や綾辻の影響を公言しペンネームに辻の字を用いている辻村深月といったメフィスト賞系の作家にも及んでいる。

 言うなればミステリを元ネタとしたミステリ読者のためのミステリ小説とでも言うような、ミステリオタクのための小説が『十角館の殺人』だった。

 80年代後半のバブル景気が生み出したオタクカルチャーの豊かさから生まれたという意味では、アニメ制作会社・ガイナックスに所属する庵野秀明が監督した『トップをねらえ!』や『新世紀エヴァンゲリオン』といったロボットオタクが作ったSFロボットアニメと双璧であり、熱狂的なファンが作り手に回ったことで生まれた純度の高いオタク向けミステリが『十角館の殺人』だったといえるだろう。

 そんな新本格ミステリのマニフェストとして象徴的に語られるのが、ドラマでは第一話の冒頭に登場する「ミステリとはあくまでも知的な遊びの一つなんだ。小説という形式を使った読者対名探偵の、あるいは読者対作者の、刺激的な論理のゲーム。それ以上でも以下でもない」という望月歩演じるエラリイの台詞だ。

 彼は、事件の背後に現代社会の歪みが見え隠れする松本清張のような社会派ミステリの泥臭さを「やめてほしいね」と否定し、ミステリにふさわしいのは「名探偵、大邸宅、怪しげな住人たち、血みどろの惨劇、不可能犯罪、破天荒な大トリック……絵空事で大いにけっこう。要はその世界の中で楽しめればいいのさ。ただし、知的に、ね」とうそぶく。

 彼の台詞は、これから自分が紡ぐ新しいミステリ小説とはこういうものだと作者が得意げに宣言しているようにも聞こえる。だが、望月の好演もあってか、80年代後半のバブル景気に浮かれている大学生の世間を知らない未熟さがドラマでは小説以上に強調されていると感じた。

 登場人物が過度にキャラクター化され、殺人事件を見せるための駒として扱われることが多かったこともあってか、新本格ミステリは「人間が描けていない」と批判されることが多い。

 記号的なニックネームで呼び合う本作の登場人物にもその批判は一部当てはまるが、生身の人間が演じていることもあってか、軽薄に舞っているように見える彼らが、実はミステリ研究会という狭い人間関係の中で嫉妬や劣等感といったネガティブな感情を膨らませて苛立っていることが、ドラマ化されたことで手に取るようにわかる。

 知的なゲームとしての荒唐無稽なミステリを志向しているように見える本作だが、実はとても人間味のある大学生たちの苦い青春ドラマだったことが、ドラマ化されたことで明確になったのではないかと思う。

 最後に、本作の映像化の打診は何度もあったそうだが、綾辻が「本作の要となるトリックをどうやって映像化するのか?」と質問しても、きちんとした答えを得られなかったため、映像化の話は毎回立ち消えとなっていたという。逆に言うと、今回映像化が実現したのは、この問題をクリアできたということだ。

 この難題に対し、内片輝監督がどのようなやり方でクリアしたかは、本編で是非確認してほしいのだが、全貌がわかった後で、すぐに第一話から細部を見直すことができるのが、配信ドラマの利点である。複雑なミステリ小説と全話の細部をすぐにチェックできる配信ドラマの相性が良いことを証明できたという点においても、Huluオリジナル『十角館の殺人』はエポックメイキングな作品だ。

■配信情報
Huluオリジナル『十角館の殺人』
Huluにて独占配信中
出演:奥智哉、青木崇高、望月歩、長濱ねる、今井悠貴、鈴木康介、小林大斗、米倉れいあ、瑠己也、菊池和澄、濱田マリ、池田鉄洋、前川泰之、河井青葉、草刈民代、角田晃広、仲村トオル
原作:綾辻行人『十角館の殺人』(講談社文庫)
監督:内片輝
脚本:八津弘幸、早野円、藤井香織
音楽:富貴晴美
テーマ曲:「低血ボルト」ずっと真夜中でいいのに。(EMI Records / UNIVERSAL MUSIC)
プロデューサー:内片輝、内丸摂子、木下俊、中村圭吾、渋谷昌彦
チーフプロデューサー:石尾純、勝江正隆
エグゼクティブプロデューサー:川邊昭宏、長澤一史
制作:下村忠文
制作協力:内片輝事務所、東阪企画、いまじん
製作著作:日本テレビ
©綾辻行人/講談社 ©NTV
公式サイト:https://www.ntv.co.jp/jukkakukannosatsujin/
公式X(旧Twitter):@jukkakukan

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる