ヒロ・ムライがヴィム・ヴェンダース&役所広司と対話 『PERFECT DAYS』LAプレミアレポ

ヒロ・ムライがヴィム・ヴェンダースらと対話

役所広司「ことごとく約束を破りました(笑)」

(左から)ヒロ・ムライ、ヴィム・ヴェンダース、高崎卓馬、通訳、役所広司

ムライ:撮影は16日間だったと伺いましたが、どんな環境だったのでしょうか?

ヴェンダース:忙しない撮影ではなかったです。撮影はスピーディでしたが、急いではいなかった。平山哲学を取り入れたからでしょうね。この脚本はミニマリズムに傾倒した物を持たない男の物語なので、カメラマンと私は、ここにある機材ではこの映画を撮ることはできないと気づきました。ドリーのレールやステディカム、クレーンといった機材を取り除き、カメラマンと彼だけで撮影するようにしました。平山の人生を撮るように撮影する。物質を多く持たない彼が所有する“物語”を撮るのです。本当に必要なものだけを撮ることにし、この手法はとてもうまくいきました。広司はだんだん平山のようになっていきました。私は彼の名前を「平山」以外で呼んだことはなかったと思います。広司に、「リハーサルしたシーンを全て撮影します」と伝え、リハーサル部分を全て撮影しました。彼1人のシーンなどは、本当に実在する人物を追いかけて撮っているようでした。私は今までたくさんの映画を作ってきましたが、映画監督だと意識されることなく俳優を追いかけ、彼の実生活を撮影するような映画の撮り方のアイデアを持っていても、実行することはできませんでした。そして役所広司は平山という架空のキャラクターになりきり、我々が肩にカメラを担いで、日に6〜7時間ほど彼のドキュメンタリーを撮影することを許されたかのようでした。

ムライ:広司さん、あなたのキャラクターは日本人の理想像を体現したようなものでした。共通善を体現し、公共の場や物を大切に扱うというような。この理想像は、あなたがこのキャラクターを作り上げる際に、脳裏をかすめましたか?

役所広司 Photo Credit: Getty / Jon Kopaloff

役所:撮影しているときには、そこまで一つ一つは、深くは考えていなかったかもしれません。でも、完成した映画を観て、平山という男が日々の一瞬一瞬を、木漏れ日だったり、本を読むことだったり、自分に与えられた人生に満足しているのが、とても羨ましく思えてきました。自分に与えられたもので満足できる人間は、本当に豊かな人生が送れるのかなと思いましたね。最初、監督にテレビは観るな、インターネットはやっちゃダメ、相撲はときどき観てもいいと言われていて。でも僕はことごとく約束を破りましたけど(笑)。

ムライ:ああ、今おっしゃったことはこの映画のとても重要なもののような気がします。この映画のキャラクターを見つめる視線に、ある種の優しさがあると思いました。ヴェンダース監督は「Peace Cinema」を目標に掲げ、充足感のある映画を作りたいとおっしゃっていました。それは『PERFECT DAYS』においても活かされていますか?

ヴェンダース:「Peace Cinema」(注:著書『Inventing Peace』がある)はここ数年の大きなテーマでもあり、ずっと考えています。個人レベルでも社会レベルでも、今の世の中には平穏(Peace)を妨げるものがたくさんあります。どちらにしても、私たちは“成長”が重視される社会に生きています。社会も、大多数の人々も、常に物質を求めています。成長したいと願うとともに、物質的要求も膨らみます。自分たちが必要とする以上に物を買い、社会は人々が必要とする以上に供給し続ける。過剰な物質的豊かさから棄却する社会は、必要なものだけ所有する生活を信じることから始められる、この映画は良い例になるかもしれないと思いました。読み終えた本の分だけ新しい本ーー平山の場合は古書店ですがーーを買う、とても明確な例です。そして、平山は古いカセットテープをリサイクルします。彼は70年代、青春時代に音楽から豊かな物を得て、それは彼にとって大きな意味を持ちました。今、4年後に音楽ライブラリーのライセンスがどうなっているかなんてわからない世界です。なぜ他の曲があるのにこの曲はないのか、という。誰も確信は持てません。そんな時に突然、平山のような生活が模範的になりました。少なくとも私は、このような生活が羨ましいと思います。この映画が出来上がって、数人の親しい友人に観てもらいました。最初の10分は何も起きないので退屈するかと思ったら、すっかりこの男に魅せられていました。そして、これは広司の目が持つ力と、平山が送る日常生活に信憑性があるからだと思いました。私たちの映画は、ひとつの例になったのではないでしょうか。この映画を観たあなた方は部屋のものを全て処分する必要はないですが、でも、何かの助けになるかもしれません。

ムライ:この映画において、音楽は平山のキャラクターを形作るものであり、映画の背骨にもなっていますが、彼の言動を知るための道標にもなっていると思いました。卓馬さん、脚本を執筆されている段階ですでにこれらの楽曲が想定されていたと思いますが、どんなキュレーションによってこれらの楽曲が選ばれたのでしょうか?

高崎卓馬 Photo Credit: Getty / Jon Kopaloff

高崎:途中で、平山が聴いているもの以外を映画で使う必要はないとヴィムが言って、それから車の中でしか音楽を聴かないようになりました。それが僕たちの作業の中で大きな変化だったような気がします。フィクションがドキュメンタリーにぐっと近づいた瞬間だったと思います。

ムライ:広司さん、音楽は役作りやキャラクターについて知るための一部分だったのでしょうか?

役所:普段の撮影だと音楽は後で付け足すので、現場では聞こえているつもりということが多いんですが、現場で平山が聞いている音が全て聴こえていたので、俳優にとってはとても大きな力になりましたね。

ヴェンダース:平山はヴィンテージカセットコレクションを持っていますからね。資金繰りに困ったら東京で売ればいいのです。みなさんが映画で観たように(笑)。

ムライ:あれはノンフィクションだったんですね(笑)!

(左から)役所広司、ヴィム・ヴェンダース、高崎卓馬 Photo Credit: Getty / Jon Kopaloff

参照
※ https://www.criterion.com/shop/collection/522-daniels-closet-picks

■公開情報
『PERFECT DAYS』
TOHOシネマズ シャンテほかにて公開中
監督:ヴィム・ヴェンダース
脚本:ヴィム・ヴェンダース、高崎卓馬
製作:柳井康治
出演:役所広司、柄本時生、中野有紗、アオイヤマダ、麻生祐未、石川さゆり、田中泯、三浦友和
製作:MASTER MIND
配給:ビターズ・エンド
2023/日本/カラー/DCP/5.1ch/スタンダード/124分
©︎2023 MASTER MIND Ltd.
公式サイト:perfectdays-movie.jp
Photo Credit: Getty / Jon Kopaloff

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