『風よ あらしよ』原作者・村山由佳も驚いた吉高由里子の叫び 伊藤野枝の言葉は今こそ響く

『風よ あらしよ』原作者×演出家対談

“伊藤野枝”になった吉高由里子

――野枝役の吉高由里子さんのキャスティングはどうやって決まったのでしょうか?

柳川:僕は『花子とアン』で吉高さんと仕事をしていて。最初から彼女しかいないと思っていたんですよ。ただ、『風よ あらしよ』のクランクインの直前まで『最愛』(TBS系/2021年)というドラマを撮影していたんです。『最愛』を12月までやって、次の1月からはじまる『風よ あらしよ』の撮影までそんなに間がないとなると、ひとつひとつ全身全霊で取り組む吉高さんの気概を知っているので、この密度の濃い内容を続けざまに演じるのは、女優としての責任感のようなものから相当悩むかな、と思っていました。「やる」とおっしゃってくれたので、本当に嬉しかったですね。

――100年前も、今も、自分たちの思いを表明がしづらい時代です。小説と映画やドラマ、どちらのほうが自由でしょうか?

村山:小説のほうがまだしも自由かもしれないですねえ。テレビや映画には気軽にクレームをつけてくる人がいるから。たくさんの人の目にふれるだけにね。

――柳川さんはふだんテレビドラマを作るなかでクレームに気を使ったことはありますか?

柳川:忖度で、自主規制することがあるような気がしています。それが表現の幅を狭めている。表現者が描かないことで、視聴者に実態が伝わらないから、どんどんみんなで痩せていく気がしますね。それが一番よくないと思います。

村山:「みんなで痩せていく」って、ほんとうそうですねえ。民放の場合はスポンサーの顔色を伺わなくてはいけないんでしょうかね。100の感想のうち、たったひとつのクレームがなぜかとても気になるという心理はありますね。自戒を込めてですが、良い感想をありがたいと思って読んでいても、そのなかに酷いことを書いたものがひとつでもあると、それだけがすごく切っ先鋭く刺さるんですよ(笑)。いつまでもぐずぐず考えちゃうところがあって。

――村山さんほどの名だたる作家でもそうなんですか?

村山:私、打たれ弱いんですよ〜(笑)。打たれ弱いけど頑固だからやってこられたみたいな感じです。

柳川:『風よ あらしよ』に関してはなかったです。関東大震災で、人々に「15円50銭」と言わせて朝鮮人と日本人を識別する場面も、忖度することなく描けました。

――言いたいことが言えない時代、どうしたらいいのでしょうか?

村山:野枝の時代はデモが行われていましたが、現代の私たちはデモもやらなくなっていますよね。とくに若い人たちがこれ以上の変化を求めないようになっていることを嘆かわしいと思う一方で、この状況では無理もないとも思います。このままではいけないということだけは事実ですよね。

――野枝さんが今、生きていたらどう思うでしょう?

村山:カンカンでしょうね、中のセリフにもありましたけど、「ちょっと考えたらわかりそうなもんだ」って。

――野枝や大杉のように理想を掲げ戦った人たちが志半ばで倒れていきます。結末の描き方をどうするか、作り手の持ち味だと思います。小説と映画は少し印象が違うような気がしました。

村山:映画は最後に主題歌がかかるのがいいですね。「『風よ、吹け』FictionJunction feat.KOKIA」が入ることで心の落ち着きどころがみつかるというか、その先へ、心を導いてもらえるというか、主題歌を聞く間に、私たちにできることはなんだろうと考える時間を与えてもらえる気がするんです。クレジットを見ながらあの歌を聞く時間はいいなあと思いました。

柳川:音楽の梶浦由記さんが言葉では言い表せない様々な感情を表現してくださいました。歌詞も含めて本当にいい曲ですよね。完成したものを聞いたとき、ちょっとつらいことがあって、でもがんばるぞ、という気持ちになりました。そんな曲です。それで、物語が終わって最後にこの主題歌がかかるので、劇伴を少なくしているんです。その分、風や嵐などの音が強調されています。

村山:海鳴りの音もいいですよね。

柳川:タイトルの『風よ あらしよ』に、より近づいた気がします。

村山:志、半ばではありましたが、最後まで彼らは変節をしなかった。そういう意味では「吹けよ 荒れよ 風よ あらしよ」という野枝の言葉が最後まで頭のなかで響くような、そういうラストだったなあと思います。

柳川:あれは声だけアフレコで、何十テイクもとって、いい響きを組み合わせています。そして、最後の「あらしよ」は、彼女の怨念もあるけど、でも、希望も失わないようなそこはかとなく微妙なものにしました。

村山:すこし割れているような、ほんとうに自分の思いを押し込めて、それでいて叫びになっているっていうのはすばらしいですよね。

柳川:吉高さんは努力を他者に決して見せる人ではないのですが、撮影が終わって10日後か2週間後に声だけ録ったとき、それまでにやっぱり自分のなかの野枝を溜めていたと思うんですね。その録音が終わってから「ああ、やっと開放された」ってあの声と言い方で「じゃあねえ」って軽やかに帰っていって。声を録るまでは野枝でいなければいけないと思って生活していたんじゃないかな。

『風よ あらしよ 劇場版』予告編

■公開情報
『風よ あらしよ 劇場版』
2月9日(金)より、新宿ピカデリーほか全国順次公開
出演:吉高由里子、永山瑛太、松下奈緒、美波、玉置玲央、山田真歩、朝加真由美、山下容莉枝、渡辺哲、栗田桃子、高畑こと美、金井勇太、芹澤興人、前原滉、池津祥子、音尾琢真 石橋蓮司、稲垣吾郎
原作:村山由佳『風よ あらしよ』(集英社文庫刊)
演出:柳川強
脚本:矢島弘一
音楽:梶浦由記
制作統括:岡本幸江
製作・配給:太秦
映像提供:NHK
2023年/127分/DCP/1:1.86/日本
©風よ あらしよ 2024 ©村山由佳/集英社
公式サイト:www.kazearashi.jp

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