『ポケモンコンシェルジュ』は“時代”を象徴する一作 “バトル”ではなく“癒し”を描く試み

『ポケモンコンシェルジュ』は時代を象徴する

 とはいえ、「ポケモンコンシェルジュ」であることがあくまで仕事である以上、真面目な性格のハルは、自分がどう最大限に役立てるかに、いろいろと悩むことになる。そんな過程において、とくに対人関係で対応に困ったとき、ハルの背景がブラックアウトし、自分だけの世界のなかで不安にさいなまれる演出が印象的だ。これは、アニメシリーズ『新しい上司はど天然』において、主人公が過去の職場環境でのトラウマに支配される瞬間の場面と共通しているといえる。

 このような表現は、ありふれたものだと考える視聴者も多いだろうが、現在の目で見ると、それは過大な精神的ストレスにさいなまれていた者の一種の症状であると理解することもできるのではないか。『新しい上司はど天然』で描かれる、ほんわかとした日常が、一種のセラピーとしても機能していたように、本シリーズもまた、日々の重圧に耐えて日々を過ごしている女性たちを象徴化したハルが、厳しい現実に適応するために無理をしてきた過去があり、そんな反応を克服するセラピーだと理解することもできるのである。

 そんな癒しの環境のなかで、オーナーのワタナベ(声:竹村叔子)は、ハルを雇うにあたり、「ここにいるポケモンを、ハルさんと同じ気持ちにしてあげて」と指示する。つまりハルは、自分が癒されたように、ポケモンたちをも癒していくようになっていくのだ。

 相棒となるコダック(声:高坂宙)をはじめ、泳ぐのが苦手なコイキングや、「ピカチュウらしくない」と言われてしまうピカチュウなど、ポケモンたちもまた、既存の価値観やステレオタイプな見方によって、社会や環境に押しつぶされそうな状況に陥っている場合がある。本シリーズは、そういったプレッシャーに立ち向かって乗り越えるのではなく、逆に不必要なプレッシャーを取り除き、負担を軽減させるという価値観をこそ大事にしているのではないだろうか。

 これまで『ポケモン』シリーズにおいて、バトルのなかで課題を解決したり、絆を強くするといった表現は多く見られたが、実際に現実の世界において、心や身体に傷を負ってまで、スパルタ的に現状を打開できる人は限られているはずだ。厳しい状況に置かれたとき、そこで乗り越えられなかった者、心が挫けた者は、どうすればいいのか。そして、困難に打ち勝ったように見える人でも、心に傷が残っているものだ。

 社会に出たら、さまざまな重圧を受けたり、ときに理不尽な状況に耐えなければならないというのが、これまでの常識的な考え方だった。しかし、そもそもそんな状況を生み出しているのは、往々にして一部の人間の身勝手さだったり、古い慣習や偏見に基づく考え方でしかないことも多い。そんなネガティブな要素に足を取られれば、真に集中すべき仕事や課題にあたるべき力を削がれることとなり、雇用側のデメリットにも繋がるはずなのだ。

 しかし本シリーズのように、経営側がスタッフに過大なプレッシャーをかけず、スタッフたちが客に愛情をもって対応することができれば、サービスが向上するだけでなく、かかわっている全員にとって心地よい環境が醸成できるのではないか。

 本シリーズ『ポケモンコンシェルジュ』は、このように誰かが誰かを癒すということだけでなく、それぞれの立場から相手を思いやることで、問題自体をなくしていこうという試みが表現されている作品だと考えられる。こういうメッセージが、「ストレス大国」とも呼ばれる日本から発信されたことについては、非常に評価したいところだ。

■配信情報
Netfliシリーズ『ポケモンコンシェルジュ』
Netfliにて独占配信中
©︎2023 Pokémon. ©︎1995-2023 Nintendo/Creatures Inc./GAME FREAK

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