『ブギウギ』“歌が苦手”な趣里が「ラッパと娘」を完成させるまで スズ子の歌が持つ凄み

『ブギウギ』“スズ子”趣里の歌が持つ凄み

 だが、一度は別れの悲しみに打ちひしがれ、立ち直れないかのようになりながらも、再び歌うことで別れを浄化する。それだけの強さが、スズ子の歌にも、スズ子自身にも、ある。

 松永への恋に破れ、相棒・秋山(伊原六花)は東京を後にし、スズ子は「センチメンタル・ダイナ」を歌う。同じ時、大阪へ向かう汽車の中で秋山は座ったままタップを踏む。

 「シジミが貼り付いたような目(自己評価)」のスズ子と、時々瞳孔が開いて目玉がこぼれ落ちそうになる秋山のコンビは、前半の癒しだった。ここにおでん屋の伝蔵(坂田聡)が加われば、さらに癒し効果倍増だった。秋山と伝蔵の、再登場を切に願う。スピンオフでもいい。

 最愛のお母ちゃん・ツヤ(水川あさみ)が死ぬ時、スズ子が歌ったのは「恋はやさし野辺の花よ」だった。USKへの押しかけオーディションの時に、ツヤに促されて歌った歌だ。この歌は、福来スズ子(笠置シヅ子)の歌ではない。

 この時スズ子は、流行歌手・福来スズ子としてではなく、ツヤの娘・花田鈴子として歌ったのだろう。

 そしてこれは、母・ツヤとの別れであり、「花田鈴子」との訣別であったかもしれない。

 かわいい弟・六郎(黒崎煌代)が、戦争で死んだ。悲しみで歌えなくなったスズ子のために、羽鳥先生は「大空の弟」という曲を書き下ろす。

 茨田りつ子との合同コンサートでこの曲を涙を流しながら歌ったスズ子だが、歌い終わって力尽き、ステージに崩れ落ちる。

 この時、いつも笑顔の羽鳥先生が見たことないような真面目な顔で「福来くん、しっかりしなさい」と諭す。そこはやはり、羽鳥先生もプロ中のプロである。

 続いて、最期のお別れを言いに来たかのような六郎(の幻)も現れる。穏やかに微笑んでいる。「姉やん、がんばれ」と、言いたそうにも見える。

 立ち直ったスズ子が、いつも以上のテンションで「ラッパと娘」を歌い出した時、筆者の中では「ロッキーが勝った時のテーマ」が流れた。もちろん号泣である。

左から、福来スズ子(趣里)、四条(伊藤えん魔)。 日帝劇場・舞台にて。客席の歓声の中「ラッパと娘」を全力で披露するスズ子。

 やっと六郎の死を受け入れることができたスズ子(およびお父ちゃん)の気持ち。このまま歌を辞めてしまうのではないかと思われたスズ子の復活。あらゆる要素が重なり合って、観ているこちらの情緒もどうにかなってしまった。

 だが驚くべきことに、「スズ子の悲しい別れと代表曲のペアリング」は、これで終わりではないのである。

 史実上の笠置シヅ子の人生を知っている方は、もうわかっているだろう。知らない方も、なんとなく悪い予感はしているだろう。

 もっとも悲しい別れの翌年に、あの最大のヒット曲「東京ブギウギ」が生まれるのだ。振り幅が大きすぎる。これが「事実」なのだから、笠置シヅ子の人生、ドラマチックすぎる。

 いや、笠置シヅ子はあくまで“モデル”なのだから、必ずしも史実通りに描かなくてもいいのではないか。やっとやっと戦争も終わり、貧しいながらもやっと幸せな生活が戻って来そうな流れになった。せめて創作上の福来スズ子は、幸せにしてあげてください。これ以上、悲しい目に合わせないであげてください。

 願ってはみたが、実は第1話ですでに答えは出ているのだ(ヒント:ナレーション)。

 あの第1話冒頭の、令和に笠置シヅ子が蘇ったような「東京ブギウギ」で、趣里は一気に視聴者の心を掴んだと思われる。

 だが、あの素晴らしい「東京ブギウギ」に至るまでのドラマを、われわれは正常な情緒で見届けることができるだろうか。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『ブギウギ』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
出演:趣里、水上恒司、草彅剛、蒼井優、菊地凛子、水川あさみ、柳葉敏郎ほか
脚本:足立紳、櫻井剛
制作統括:福岡利武、櫻井壮一
プロデューサー:橋爪國臣
演出:福井充広、鈴木航、二見大輔、泉並敬眞、盆子原誠ほか
写真提供=NHK

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