脚本が秀逸な『ムービング』、『ザ・グローリー』が描く社会問題 2023年韓国ドラマ座談会
2023年もまたバラエティに富むドラマシリーズと、多士済々な俳優陣の活躍に胸を躍らせた1年だった。リアルサウンド映画部では、韓国ドラマライターのにこ氏、咲田真菜氏、荒井南氏を迎え、2023年に放送・配信された韓国ドラマを振り返る座談会を開催。第1部では、名作揃いの今年のベストドラマから5作をチョイスし、語り合ってもらった。
『冬のソナタ』を代表とするドラマをはじめ、映画、音楽など韓国カルチャーが日本で旋風を巻き起こした「第一次韓流ブーム」。それから20年が経った2023年、韓国コンテンツはさらにワールドワイドな知名度を得たことで、描かれる世界観もまた完成度を増した。
3人が選んだ2023年ベスト韓国ドラマ5選
・『ムービング』
・『今日もあなたに太陽を ~精神科ナースのダイアリー〜』
・『ザ・グローリー 〜輝かしき復讐〜』
・『悪鬼』
・『離婚弁護士シン・ソンハン』
※順不同
参加者が全員一致で推すベストドラマは『ムービング』
ーー今年印象的だった作品にはどんなものがあるでしょうか?
荒井南(以下、荒井):やっぱり『ムービング』は外せないです。個人的にもう一つ挙げるなら『誘拐の日』ですね。
咲田真菜(以下、咲田):『ムービング』は私も入っています。
にこ:同じです!
ーー『ムービング』は韓国ドラマとして、ディズニープラスを躍進させるきっかけになったと思います。
荒井:これまで超能力のようなSFものの韓国ドラマで面白い作品のイメージがなかったんです。また、ストーリーの時代背景には1990年代の韓国が含まれていますが、そこには国家安全企画部や南北関係、各々の政治的な工作活動などシリアスな要素もあります。こうした設定とSFがどう組み合わさるのかちょっと予想がつかなかったんですが、韓国現代史の暗さや重さにも向き合いながら、本当に上手くエンターテインメントに落とし込んでいました。国家権力に個人の能力が利用されるのではなく抵抗していく展開も良かったですし、高校生の青春ドラマもバランス良くハマっていて、観始めたら止まらなかったです。
咲田:私は脚本の秀逸さに尽きると思います。個人的には、こういうマーベル作品のように人が飛んだりするのはあまり好きじゃないので、最初は期待してなかったんです。でも荒井さんと同じく本当に止まらなくなってしまい……自分でもビックリしました。ボンソク(イ・ジョンハ)とヒス(コ・ユンジョン)という2人の高校生カップル、そしてミヒョン(ハン・ヒョジュ)とドゥシク(チョ・インソン)、ジュウォン(リュ・スンリョン)とジヒ(クァク・ソニョン)という親世代それぞれのカップルの恋愛を一つ一つすごく丁寧に、無理なく描いているのがすごいなと思いました。個人的にハン・ヒョジュさんが母親役というのがちょっと感慨深かったですし、魅力的でした。チョ・インソンさんもカッコよかったですね!
にこ:私も同意です! 製作費が莫大ですし、「どんなものが来るんだろう?」って期待していました。ドゥシクを演じたチョ・インソンさんの登場を待っていたんですが、なかなか出てこないんですよね(笑)。(リュ・スンボム扮する謎の工作員)フランクって、もしかしてチョ・インソンさんが変装してるのかなとか(笑)。
一同:(笑)
にこ:そんなはずはないなと思いつつ、ずっと“チョ・インソン待ち”をしてたんです。ボンソクとヒスの高校生カップルの関係から始まって、群像劇としてそれぞれのキャラクターがどんどん繋がっていくんですよね。ミヒョンが営んでいるとんかつ屋などの小さな点と点がしっかり繋がって線のストーリーになっていって、そしてチョ・インソンさんが登場したとこから飛躍的に話が面白くなっていきました。アクション、SF、北朝鮮も絡めながら、多様性の時代に生きる人間を上手く描いていましたし、やっぱり家族のストーリーが韓国ドラマは上手だと改めて感じさせられました。もう、何度も泣きましたね! オープニング映像にもそれぞれ意味が込められていて、一つのエピソードが短い。原作者で脚本を担当したカン・プルさんは最初、16話くらいの短いシリーズで書いてほしいと言われたそうですが、「それならやらない」と全20話にされた意味がよく分かります。
咲田:印象的だったのは、ドゥシクがミヒョンに差し入れを持って行って、窓越しに会うシーン。あそこはすごくキレイなシーンを作りたかったんだなと思いましたね。
にこ:ドゥシクがミヒョンと再会して、抱き合いながら耳元で何か言っているシーンも良かったですよね。最初は何を話しているか分からないじゃないですか。そこも良かったですよね!
現代社会の生きづらさを描く『今日もあなたに太陽を』と『ザ・グローリー』
荒井:私のその他のベストを順不同に挙げていくと、『無人島のディーバ』『誘拐の日』『D.P. -脱走兵追跡官-』シーズン2、『離婚弁護士シン・ソンハン』でしょうか。
咲田:私は『いつかの君に』『ザ・グローリー 〜輝かしき復讐〜』。『剣の詩』も悩みましたが、やっぱり『今日もあなたに太陽を ~精神科ナースのダイアリー〜』かなと思います。
にこ:すごく悩んだ作品として、2022年制作ですが日本での配信は2023年の4月だった『財閥家の末息子』を入れたいのですが、それが今年のベストには入れられないなら、『輝くウォーターメロン~僕らをつなぐ恋うた〜』。めちゃくちゃ良かったんですよ! それから『ムービング』、『もうすぐ死にます』、『今日もあなたに太陽を』も入っています。あと『ボラ!デボラ~恋にはいつでも本気~』と『愛だと言って』。 『弱いヒーロー Class1』も入れたかったですね。
ーー咲田さんとにこさんで『今日もあなたに太陽を』が被ってますね。
にこ:テーマが“観るメンタルケア”っていうことで、映像描写がすごかったですよね。メンタルを壊してしまった方の描写が素晴らしかったんです。『無人島のディーバ』でも水が周囲からガーッと上がってくる映像表現が使われていましたが、パニック症候群や双極性障害の方の心理描写が重すぎないんです。テーマそのものも内容も胸が苦しくなるんですが、「精神科にかかることは特殊なことではないんだよ」という慈愛の気持ちをもって作られているのが素晴らしいなと思いました。パク・ボヨンさん演じる主人公のダウンは、彼女自身もうつ病を発症してしまうキャラクターですが、演技がもう涙なしには見れなくて……。ヒロインも含めて、登場人物はみなどこかメンタルをやられてしまっている。それをある意味“普通”というか、現代社会で今苦しんでる人たちに向けて描いているところも素晴らしいですね。グイグイ惹きつけられてイッキ見してしまいました。
咲田:私は、個人的に病院ものは拒否反応があって観ないんですが、そういう人間でもハマってしまったのは、観ていて気持ちが暗くならないからだと思います。ある意味ちょっと俯瞰した感じで描いてるところが、とても観やすかったなと思いました。ドラマの中でパニック障害を患った人を描写したシーンで水がバーッと周囲に上がってくる演出は上手いなと思いました。なので、こういう症状を広く知ってもらうっていうためにもすごく意義のある作品でした。パク・ボヨンさんの演技で、看護師として病んでいる人たちにすごくおっとりと構えてサポートしている姿を見ると、こういう看護師さんだったら本当にいいなって思えましたね。 自分が病んでしまったとき、「私が病むわけない」と否定するところから認めていくまでがすごく大変だったという描写は、涙なしでは観られませんでした。そこから立ち直っていくまでを見事に演じていて、もうパク・ボヨンさん推し! ですね。
荒井:私もパク・ボヨンさんの力によるドラマだと思いました。ドラマで描かれているのは、一見明るそうに見えた人も心に重いものや弱さを抱えて生きていて、でもそれは誰でも同じだということですよね。みんな互いの弱さを受け入れていく社会にしていこうというメッセージを静かに、寄り添う気持ちになれるように作られていて、しみじみとした感動をもらいました。
ーーそのほか、話題を呼んだドラマだと『ザ・グローリー 〜輝かしき復讐〜』がありましたね。
咲田:いじめ問題がテーマなので、つらいところもあるにはあるんですけど、ちょっと語弊があるんですが……やっぱり気分爽快になったというか、「よくやってくれた!」って感じのところはありました。主人公のドンウン(ソン・ヘギョ)をサポートするヨジョン役のイ・ドヒョンさんが良かったんですよね。ヨジョン自身もいろいろ心に抱えてる人間ではあるんですが、彼の出てくる場面が唯一癒されて本当に良かったです。それからいじめる側の人たちの“スレギ”(韓国語でゴミ)っぷりというか……(笑)。そこも上手かったですし、新鮮なドラマでしたね。
荒井:被害者としてドンウンは加害者に復讐をしているけれど、実は本心では正しい行為だと思ってはいない。人を傷つけるという側面で言えば、加害者と同じことをしているという重さや葛藤を抱えているところに、人間的な深みを感じました。私としてはヨム・ヘランさんが演じていた、ドンウンと行動を共にするヒョンナムがすごく好きだったんですよね。夫から暴力を受けている彼女が傷だらけの顔で笑っているのを、ドンウンが見て「どうして笑っていられるの?」と尋ねるシーンがあるんですが、「私は明るい被害者だから」と答えるセリフがとても印象的でした。
にこ:『太陽の末裔』『トッケビ』の脚本家キム・ウンスクさんが校内暴力を描くということで、どういうふうに社会問題を訴えてくるんだろうと話題になっていましたよね。
荒井:韓国では校内暴力が社会的にも大きな問題になっていて、芸能人に対して告発騒動があったりしましたよね。
にこ:ソン・ヘギョさんも一切笑わない。いじめ描写もとにかくリアルで恐ろしい。咲田さんのように視聴者をスカッとさせることを狙って作られているのは分かるんですけど、復讐を果たすまでがもう恐ろしくて……。本当にイ・ドヒョンさんのパートには癒されました(苦笑)。好みはともかくとして衝撃を与えたドラマだったんじゃないでしょうか。Netflix全体の視聴時間が発表されていて、2023年上半期の韓国ドラマの中でトップだったはずです。やっぱり怖いもの見たさで観てしまうんでしょうね。でも同時に、非常に考えさせられる作品でした。同じようにリベンジものの『マスクガール』とかもそうでしたね。
ーー今年は現代社会の問題を扱う作品が多かったですよね。
にこ:『ザ・グローリー』のように、「面白かった」とか「嫌だった」というシンプルな言葉で片付けられない感情が生み出される作品が多かったなと思います。何か心に残るんですよね。