Netflix『クレイジークルーズ』の“振り切れ方”はあり? “坂元裕二らしさ”と現実とのズレ

『クレイジークルーズ』坂元裕二らしさとズレ

 坂元裕二が脚本を手がけたNetflix映画『クレイジークルーズ』が配信されている。

 本作は、豪華クルーズ船・MSCベリッシマのバトラー(執事)である沖方優(吉沢亮)が、乗船客の盤若千弦(宮﨑あおい)とともに、船内で起きた殺人事件に挑むスクリューボールコメディだ。

 千弦は恋人が沖方の恋人と浮気していることを突き止め、沖方の恋人が乗船する予定だったクルーズ船に乗り込んでくるのだが、2人が浮気の証明となるLINEのやりとりを盗み見したり、風景の写真を送り合ったり、2人の影の写真を撮るといった「付き合いはじめのカップルあるある」にヤキモキする過程で2人の仲が深まっていく姿は楽しいラブコメに仕上がっており、海上を旅する豪華客船の煌びやかな世界を追体験しているような気持ちになれる。

 同時に描かれるのが、医療界のゴッドファーザーと呼ばれた久留間宗平(長谷川初範)の遺産相続をめぐるゴタゴタだ。ある出来事がきっかけで久留間が命を落とした後、身内が死体を隠そうとする様子が同時進行で描かれるのだが、複数の容疑者の中から犯人を見つけるミステリー的な盛り上がりは意図的に排除されており、物語の焦点はトラブルに巻き込まれたくないから事件を見なかったことにし、間接的に隠蔽に関わってしまう乗客たちに当てられている。

 恋人の浮気を最初は否定し、LINEを見ないようにしていた沖方もそうだが「見て見ぬふり」をすることに対する是非が、事件を起こした当事者の罪以上に大きく描かれているのが本作の特徴だろう。煌びやかな世界の背後に現代社会の暗い手触りがあるという意味において“坂元裕二らしさ”は健在だと感じた。 

 坂元裕二は、トレンディドラマブーム以降のテレビドラマを代表する脚本家だ。1987年に第1回フジテレビヤングシナリオ大賞を19歳で受賞し、その後、連続ドラマの脚本を執筆するようになり、1991年の『東京ラブストーリー』(フジテレビ系)が高視聴率を獲得する。

 2006年に書いたいじめを題材にしたドラマ『わたしたちの教科書』(フジテレビ系)以降は、社会性のあるテーマを扱う機会が増えており、2010年代に入ると『Mother』(日本テレビ系)、『それでも、生きてゆく』(フジテレビ系)、『カルテット』(TBS系)といった話題作を続々と生み出し、ドラマ脚本家として独自の地位を確立する。

 近年は映画の脚本も多く手がけるようになり。2021年には映画『花束みたいな恋をした』が興行収入38億円を超えるヒットを記録。今年は是枝裕和監督の映画『怪物』が第76回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞とクィア・パルム賞を受賞し、世界でも認められる作家となった。そして、Netflixで新作シリーズ・映画を複数制作し独占配信していくという5年契約を交わしたことが発表され、その第1作となったのが今回の『クレイジークルーズ』だ。

 監督は坂元脚本のドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』(カンテレ・フジテレビ系)に演出として参加していた瀧悠輔が担当しており、物語も『大豆田とわ子と三人の元夫』に通じるポップで優雅なものとなっている。

 2010年代に坂元が手掛けたドラマは、格差や貧困といった社会問題を正面から描いており、日本社会における女性差別とハラスメントを題材にした2015年の『問題のあるレストラン』(フジテレビ系)のように、今観る方がしっくり来るものも少なくない。

 しかし2017年の『カルテット』以降は、トレンディドラマの時代を思わせる煌びやかな作品が増えており、『問題のあるレストラン』などで描かれた社会問題は物語の背後に見え隠れするものに変わっている。

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