トラン・アン・ユン監督が語る、料理をする所作の美しさと長続きする“愛の秘訣”について

ウージェニーがプロポーズを受け入れない理由

ーー監督はこの作品を通して「もっと男性も積極的に料理をするべきだ」というメッセージも込めたのでしょうか?

ユン:そのとおりです! 私もあんまり家で料理はしないほうでしたが(笑)、この映画を撮ってからは台所に立つようになりました。私が生まれたベトナムでは「男子厨房に入るべからず」という考えが一般的で、母も私をそんなふうに育てたのですが、私の息子と娘はふたりとも料理が好きで、しょっちゅうキッチンにいますよ。

ーードダンのキャラクターにご自身を重ねたところはありますか?

ユン:ドダンにも、ウージェニーにも、両方に重ねました。ドダンのプロポーズを簡単には受け入れないウージェニーの自立した精神は、私自身の性格と共通すると思います。ウージェニーという人は、ドダンの愛情表現に対する自分の気持ちをなかなか表に出さない性格なんです。だから、彼女がドダンに対する愛情をダイレクトに見せるシーンは、ふたつしか撮りませんでした。彼女が彼の頭に触ろうとして手を引っ込めてしまうシーンと、振り返って彼にキスをするシーン。

トラン・アン・ユン

ーー全体的に控えめなだけに、どちらも印象に残る場面でした。

ユン:あんまりベタベタした愛情表現をせずに、少し距離をとることで、ふたりの関係はより良いものになっていると思うのです。ドダンとしては、もっと毎晩のように彼女の寝室を訪ねて親密になりたかったのだと思うけれど(笑)。ウージェニーのほうは、時には部屋の鍵を閉めて彼を近寄らせない。それによってドダンの欲求不満は高まるけれども、だからこそ彼のなかで欲望が燃えたぎり続け、愛情は長続きする。それが彼らの愛の秘訣なのです。

ーー料理だけでなく、そっちの火加減も絶妙ですね。

ユン:ただ、それは決して彼女の計算高さではなく、彼女が料理人という職業に強い自負を持っているからです。料理人としても尊敬され、愛されたいからこそ、単純に彼の妻になろうとは思わない。

ーー実は現代的なウージェニーの生き方に惹かれる観客は多いと思います。

ユン:当時のフランス料理のレシピというのは、具体的に調味料は何グラム、調理時間はどのくらいといった具体的なことは書かれていないんです。劇中にも出てきますが、まるでポエムのように感覚的な記述が並んだ処方箋のような内容でした。それを料理人は的確にキャッチして、作品に仕上げなければならない。ウージェニーはまさにそうした詩的感覚と表現力に優れたアーティストであろうとした人物であり、その才能が彼女にはあったのです。

■公開情報
『ポトフ 美食家と料理人』
Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほかにて公開中
監督:トラン・アン・ユン
脚本・脚色:トラン・アン・ユン
出演:ジュリエット・ビノシュ、ブノワ・マジメル
料理監修:ピエール・ガニェール
配給:ギャガ
原題:La Passion de Dodin Bouffant/2023/136分/フランス/ビスタ/5.1chデジタル/字幕翻訳:古田由紀子
©2023 CURIOSA FILMS – GAUMONT – FRANCE 2 CINÉMA
公式サイト:https://gaga.ne.jp/pot-au-feu/
公式X(旧Twitter):@Pot_au_Feu_1215

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