『アッシャー家の崩壊』をマイク・フラナガンが映像化した意義 原作小説から読み解く

『アッシャー家の崩壊』の存在意義

 19世紀文学を代表する作家の一人である、エドガー・アラン・ポー。史上初の推理小説といわれる『モルグ街の殺人』や、発表当時衝撃を巻き起こした物語詩『大鴉』など、その特異で怪奇な作品の数々は、いまもなお、世界中の読者の心を掴んでいる。そんなポーの代表作をフィーチャーしたドラマシリーズ『アッシャー家の崩壊』が、ハロウィンシーズンに配信開始となった。

 近年ホラー界で注目が高まっている、マイク・フラナガン監督が、本シリーズの中心的なクリエイターだ。スタンリー・キューブリック監督『シャイニング』(1980年)の続編映画『ドクター・スリープ』(2019年)や、独創的なホラー表現が話題となった傑作ドラマシリーズ『真夜中のミサ』の監督としても知られているフラナガンは、キューブリックや作家スティーヴン・キングの作品世界への挑戦に続き、今度はキングら現代のホラー作家に決定的な影響を与えた、文学史にその名が大きく刻まれる、“恐怖の根源”たるポーの作品世界の映像化に挑むのだ。

 エドガー・アラン・ポー作品の映像化といっても、本シリーズは小説の物語をそのままドラマ化したものではない。何度も映画が試みられている、ポーの代表作の一つ『アッシャー家の崩壊』をベースに、『モルグ街の殺人』、『赤死病の仮面』、『落とし穴と振り子』、『告げ口心臓』、『黄金虫』、『黒猫』、そして『大鴉』という、読者に人気のある有名な作品などを組み合わせて、現代を舞台に物語を構成するという、大胆な手法をとっている。

 物語は、大手製薬会社を経営する大富豪ロデリック・アッシャー(ブルース・グリーンウッド)が、検事補オーギュスト・デュパン(カール・ランブリー)を屋敷に招き、自身や一族に起こった出来事を語っていくという趣向で披露されていく。

 アッシャーの製薬会社は、大勢の人々が鎮痛剤を過剰摂取して死に至ったとして、製品の安全性や製造責任をめぐる裁判を争っていた。そんな折、アッシャー家の一族が次々に怪死していくという事件が起こる。その死の顛末が、ポーの短編作品になぞらえて、一話一話ロデリック・アッシャーの語りとともに描かれていくのだ。そして最後のエピソードで、この連続怪死事件の恐るべき真相が明らかになる。

 本シリーズでフィーチャーされている、数々の短編のタイトルを目にするだけで、筆者は子どもの頃、ポーの紡いだ、妖しく暗い、そして娯楽性が高く深いテーマを持った物語の数々に胸を躍らせたことをまざまざと思い出す。だからこそ本シリーズは、原作の設定そのままの完全映像化作品として楽しみたかったという思いがある。とはいえ、ポーを象徴する19世紀の雰囲気は、シリーズのそこかしこに漂わせてある。

 シリーズの撮影はカナダのバンクーバーでおこなわれ、土地の歴史的建造物や、スタジオが使用されている。圧巻なのは、荒れ果てた家の一室で、ロデリック・アッシャーとデュパンが年代物のブランデーを手に対峙する場面だ。仄かなランプの灯と、暖炉の炎だけで照らされる、剥落して黒ずんだ壁に包まれた光景は、まさにポーの物語が語られるに相応しい、爛れた美しさと枯れた風格を備えている。

 ロデリックの語る話は、自身と双子の妹マデライン(メアリー・マクドネル)の子ども時代に始まり、最近の怪死事件の顛末に及んでいく。そして、再び物語は過去へと遡り、彼を蝕んだ因縁が明らかになるのだった……。

 一連の出来事の中心に存在するのは、カーラ・グギーノ演じる謎の女性“ヴェルナ”だ。“Verna(ヴェルナ)”とは、“Raven(大鴉)”のアルファベットを組み替えたアナグラムであることから分かる通り、彼女はポーの『大鴉』に登場する不気味なカラスに近いものであると考えられる。

 ポーの物語詩『大鴉』は、ある夜に若い男が、愛する人の喪失に耐えている部屋が舞台となる。その部屋のなかにカラスが飛び込んできて、知恵の女神パラスの像の上に舞い降りる。青年はカラスと対話を試みていくうちに正気を失っていき、次第に自らを絶望の淵へと追い込んでゆくといった内容だ。そのゴシック風の格調漂う荘厳な雰囲気と、人間心理の深層を意識させる抽象的な表現が、この物語詩を文学史の頂点のひとつに位置付けている。

 その解釈は、今日までさまざまに議論されてきたが、本質的なテーマは、この物語詩の数年前に発表された短編、『告げ口心臓』や『黒猫』に隠されているのではないか。これらの作品は、内に暴力的な衝動を秘めた男が人を殺害してしまい、最終的に破滅へと自ら進んでいくという物語だ。愛する者に危害を加えたいという屈折した心理や、罪を隠そうとしつつも同時に明らかにしてしまいたいという、殺人者の矛盾した感情が描かれることで、読者に不安を喚起させる。

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