『あの花』から『アリスとテレスのまぼろし工場』へ 唯一無二の作家となった岡田麿里

作家・岡田麿里を読み解く

萌えアニメの文法を、私的な、女性の物語として取り返すこと

映画『さよならの朝に約束の花をかざろう』予告編

 『あの花』や『ここさけ』を岡田麿里の最高傑作に挙げることに異論はない。しかし、現在の筆者の正直な感想としては、初の監督作『さよならの朝に約束の花をかざろう』が、彼女の最も優れた作品のひとつだと感じられる。本作が、一番遠くまで行っているように感じられる。

 本作は、「引きこもり」「不登校」「母娘の葛藤」を題材にしていたこれまでの作品と違い、「飛び出したあと」を描くものである。耽美的な絵柄で、ファンタジー調に描かれるが、本作が描いているのは、要するにシングルマザーの人生である。弱弱しく引っ込み思案な少女が、自分を庇護してくれる共同体を飛び出し、捨てられていた子供が死にかけていたところを助け、苦労して育てていき、母になっていく、その生涯の物語である。ようやく見つけた仕事先では身体を触られるなどのセクハラも受ける、しかし彼女はタフに息子を育てていき、やがて思春期・反抗期が来て、言葉と本心がすれ違い、バラバラになっていく。やがて息子に子供が出来て、最後には孫も出来る。その人生を、彼を助けて育てたことを、年齢を重ねても老いることのない主人公は、肯定する。

 機能不全の家庭で育ち、愛着に問題を抱えた人が、実際に子供を育てることで回復するというプロセスがあることが知られている。本作で描かれているのは、「こうすればよかった」という、理想の母親のようなものである。「こんな子供、産まなけりゃよかった」「あんたさえいなけりゃ、私はもっと幸せだった」「お前みたいな子供がいるのが恥ずかしい、殺す」の正反対で、産んでもいない子供を、育てて良かった、あなたがいて幸せだった、死なすのではなく生かし、誇らしく思う、という人物が主人公なのだ。作品全体の光の調子など、圧倒的な肯定感と至福に満ちた画調からは、そのような理想的な母親を仮想的に描くことによる浄化の気配をも感じる。

 このような方向性のアニメは、あまり観たことがなく、極めて野心的な一作であろう。その踏み出しを高く評価する。本作は、「少女」「理想の母」を描くという萌えアニメの文法を、私的な、女性の物語として取り返し、語った映画のように感じ、非常に感銘を受けた。繊細さやケア的な感覚を保持したまま、さらに外に、さらに広く、さらに遠くにまで、アニメを、ジャンルを拡大して停滞を打ち破っていく彼女の作家的な姿勢と創造性が、この先も続くことを、心から願う。

■公開情報
『アリスとテレスのまぼろし工場』
全国公開中
出演:榎木淳弥、上田麗奈、久野美咲、八代拓、畠中祐、小林大紀、齋藤彩夏、河瀨茉希、藤井ゆきよ、佐藤せつじ、林遣都、瀬戸康史
原作・脚本・監督:岡田麿里
副監督:平松禎史
キャラクターデザイン:石井百合子
美術監督:東地和生
音楽:横山克
主題歌:中島みゆき「心音(しんおん)」
制作:MAPPA
配給:ワーナー・ブラザース映画、MAPPA
©新見伏製鐵保存会
公式サイト:https://maboroshi.movie︎

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