MV出身監督グラント・シンガーの驚くべき達成 『レプタイル -蜥蜴-』の凄さを解説

『レプタイル -蜥蜴-』の凄さを解説

 このような監督たちの映画界での成功の理由は、ストーリーを表現することへの執着や、長編にふさわしい奥行きを持ったテーマを設定できる能力を持ち、それを表現するだけの知性が備わっているということに尽きるだろう。逆にいえば、映像表現だけに特化し、面白い構図や絵的な新しさだけに興味がある監督は、劇映画の業界において一時的な成功を収められたとしても、長く作品を手がけていく上では、どうしても無理が出てくることになるのである。

 その点からいえば、本作で発揮されているグラント・シンガー監督の本格的なバランス感覚や演出センスは、本作を一本の映画として見応えのあるものに仕上げていると同時に、今後にも期待をかけられる有望さを感じさせるのである。ときおり驚くほど大きな音量で流れる劇伴や、絶えず思わせぶりで不気味さを醸し出している映像世界は、単なるこけおどしで終わることはなく、ニコルズ刑事がたどり着く衝撃的な真相を表現するものとして適切なものとなっているのだ。

 実際、グラント・シンガー監督は、もともと映画監督を目指していて、数々のミュージックビデオ出身の監督を手本にキャリアを積んできたと、インタビューで発言している。そして、そこでさらに語っているのは、本作を撮るにあたって、これまでのミュージックビデオの製作手法に意識的に“反抗”し、抑制的な演出を心がけていたということだ。(※)

 つまり監督は、もともとミュージックビデオ出身監督が陥りがちな失敗を想定し、批評的な視点から本作をつくりあげていたということなのである。その知性と覚悟こそが、本作に力強さを与えている源泉だと考えられる。

 本作に本格的な手ざわりを与えているのは、もちろん演出だけの力ではない。いぶし銀の魅力を絶えず放っているベニチオ・デル・トロや、多くない出番でもしっかりと味を出しているアリシア・シルヴァーストーン、近年枯れた雰囲気を身につけたマイケル・ピットなど、演技巧者たちの実力に助けられているところも大きく、またオリジナル脚本ながらストーリーの点でノワール小説の代表的な作家ジェイムズ・エルロイの作風を借りているところも無視できないだろう。

 だが、そのあたりの部分を差し引いても、グラント・シンガー監督が本作で示した達成は決して小さなものではなく、今後の彼の活躍を楽しみにするのに十分なはたらきをしているといえるのではないか。そして同時に、こうした気鋭のクリエイターによる、気合の入った企画が数多く成立していけばとも思うのである。それでこそ、これからの映画界に期待が持てるというものだ。

参照

※ https://www.motionpictures.org/2023/09/reptile-director-grant-singer-on-his-slithery-mystery-feature-with-benicio-del-toro/

■配信情報
『レプタイル -蜥蜴-』
Netflixにて配信中
Daniel McFadden/Netflix ©2023

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