宇野維正×森直人と振り返る「ザ・シネマメンバーズ」の歩み 必見のアンドレ・テシネ作品も

 セレクトされた良質な作品だけを配信するミニシアター系のサブスク【ザ・シネマメンバーズ】がリニューアル。9月1日に新サイトがオープンしたことを記念して、リアルサウンド映画部でこれまで2年以上にわたって連載してきた、映画・音楽ジャーナリストの宇野維正と映画ライターの森直人による連載を振り返る特別対談を実施。10月から『私の好きな季節』『野性の葦』『夜の子供たち』『溺れゆく女』の4作品が順次配信されるアンドレ・テシネについても語り合った。(編集部)

大手動画配信サービスとは違う、ザ・シネマメンバーズが担う重要な役割

――この9月に「ザ・シネマメンバーズ」がリニューアルされましたが、気がつけばこの対談シリーズも2年以上続いているということで……。今回はその振り返りと、10月にラインナップされているアンドレ・テシネ監督について語っていけたらなと思っています。

宇野維正(以下、宇野):いちばん最初にやったのって何だっけ?

森直人(以下、森):連載のプレミア回みたいな感じで、ドレスコーズの志磨(遼平)さんも加えた3人で、ヴィム・ヴェンダースについて語った回じゃないですか。あれが2021年の3月か……。

――そのあと2021年の7月に掲載されたウォン・カーウァイの回から不定期連載みたいな形になって、現在に至る感じですかね。ちなみに、佐々木敦さんをゲストにお招きしたジャン=リュック・ゴダールの回をはじめ、ヴィム・ヴェンダース、ウォン・カーウァイ、エリック・ロメール、ハル・ハートリー、ジョン・カサヴェテス、シャンタル・アケルマン、ビクトル・エリセといった監督について、これまで語ってきた感じになります。

森:あ、意外にそんなもんですか? もっといろんな監督についてしゃべった気がする。対談の中で、その周辺にいる同時代の監督だったり、その影響下にある今の監督たちについても触れているからかな……。

宇野:いずれにせよ、今って大手の動画配信サービスは、そもそもヨーロッパ映画の過去の名作は網羅もできない上に、結構扱いも雑だったりするじゃないですか。そういう中で、このザ・シネマメンバーズというのは非常に重要な役割を担っているよね。実際、こうしてサービスが続いているってことは、そこにニーズは確かにあったっていうことだよね。

森:そうですよね。

宇野:今って、どの国にも大手の動画配信プラットフォーム以外で、インディ作品とかアートハウス作品の旧作を扱う小規模の配信サイトが出てきていたりするじゃないですか。それこそ、イギリスの「MUBI」を筆頭に。それの日本版みたいな感じで定着しつつあるのはいいことだよね。

『ミツバチのささやき』©2005 Video Mercury Films S.A.

森:確かに。ラインナップ的には硬派というか、かなり渋いところまで突いているように思いますけど、それでうまく回っているのだから頼もしいなと思います。あと、僕らがこの連載で扱った監督の名前を見ていっても、単なる過去の振り返りや回顧、ノスタルジーで終わるのではなく、それらの監督や作品が現在どう観られているのか、どう今と結びつけるかという視座が必ずセットになっていますよね。もちろん、映画館でのリバイバル上映とかレトロスペクティブとか、4Kリマスターのタイミングとも連動している部分も大きいでしょうけど、旧作を今の見地から観るっていうのは、新たな時代相で再解釈・再定義する作業でもある。この連載の流れも、ザ・シネマメンバーズの番組編成に沿って決定されていったわけですが、それが図らずも再評価の時流に乗ったところが多々ありますよね。特にウォン・カーウァイの再ブーム級と呼べる盛り上がりには吃驚しました。この連作で取り上げたタイミングは結構早かったから。そのあと4K版のレトロスペクティブ上映が催されて、関係者もびっくりの大ヒット現象が巻き起こったという。ちなみにドレスコーズの志磨さんも『恋する惑星』へのオマージュを含む『戀愛大全』ってアルバムを2022年10月に出されて、今年2月にシネマート新宿の凱旋上映トークでご一緒したという個人的に嬉しいこともありました。だからこの連載で上がってくるシネアストの名前には、かなり強い時代の必然が働いていると思うんですよ。

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宇野:そうだね。変な話、毎回無理して昔話や思い出話をしている感じが意外としないというか、今に繋がる何かが、ちゃんとそこに見出せている感じがあるんだよね。その監督について、このタイミングで話す意味とか、その監督が今の作家に与えている影響みたいなものが、自然と話せているっていう。それは確かに思うよね。

森:例えばアケルマンの場合は、レトロスペクティブでの盛況を受けてからここで語りましたけど、そこに今の同時代の尖端にいるセリーヌ・シアマとかに、ちゃんと補助線を引けるようなタイミングにもなっていて。ちょうど『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』(1975年)が「サイト&サウンド」で映画史上ベストワンに選出された直後だったかな。

シャンタル・アケルマン

宇野:とはいえ、東京とかの都市部に住んでたら、そういうレトロスペクティブ上映に足を運ぶことができるけど、地方の場合は、そういうものにも行けなかったりするじゃないですか。

森:確かに、それは大きいかもしれない。

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宇野:だから、配信っていうツールを使って、それが日本中で観ることができる意義っていうのは、めちゃめちゃでかいというか、配信の本質ってやっぱりそこにあると思うんだよね。ネットとかでよく言われている「文化資本」の話じゃないけど、東京を中心とする文化的な地域格差みたいなものを、一応平準化するという。配信には、そういう非常に大きな役割がある。

森:まさにそうですね。僕はインターネット時代以前からミニシアター系の映画にのめり込んだ地方出身者なので、このザ・シネマメンバーズのラインナップは、正直うらやましいですもん。自分が実際観賞するまでいろいろ苦労したタイトル群を、自宅で気軽に観ることができるんだっていう。そう思うと、本当に良い時代になりましたよ(笑)。あと、作家の括りでまとめたり、その都度その都度、的確にキュレーションをしてくれているっていうのも、ザ・シネマメンバーズの素晴らしいところだと思います。

宇野:6月に出した自著『ハリウッド映画の終焉』(集英社新書)の“おわりに”に「映画鑑賞において個人の幸福の追求に重きを置くならば、旧作を観ているほうがいい」みたいなことを書いたんだけど、ホントそういうことだよね。とはいえ、映画っていうのは、やっぱり他者とのコミュニケーションツールでもあるわけで。この対談シリーズがそういうきっかけみたいなものになればいいなっていうのは、実はちょっと思いながらやっているところはあるんだよね。

森:なるほど。一方で、こうして過去の対談を振り返ってみると、僕ら側としても、やっぱりいろいろ新しい発見があったと思うんです。それこそウォン・カーウァイとかって、リアルタイムで作品を観ていた感覚だと、思いっきり「時代のもの」だという認識が強かったから。特に『恋する惑星』(1994年)と『天使の涙』(1995年)とか……後者なんか下手すりゃ「徒花」くらいに思っていたかも(笑)。その意味でウォン・カーウァイの今の株価を計るには、難しい距離感を持っていたんだけど、でも蓋を開けてみると、バリバリ今の若い世代にも刺さっちゃったという。例えば、ちょっと前のシティポップのブームとかもそうだけど、リアルタイム世代だと意外にわからない盲点って、結構あるんですよね。

『恋する惑星[4Kレストア版]』©1994, 2008 Block 2 Pictures Inc. All Rights Reserved.

――ウォン・カーウァイのレトロスぺクティブに関しては、単に昔のファンが押し寄せただけではなく、そこで新たに出会った若い層も、結構多かったようですし……。

森:そう。あと、香港などの中華圏では、『恋する惑星』って世代を超えたスタンダードとして根付いているらしい。やっぱり、80年代から90年代のミニシアターブームって、日本独自の現象だったわけじゃないですか。そういう文脈の中で、自分が受け取ってきたバイアスを初めて認識する機会になりました。自分が把握していたパースペクティブや、映画史に対する「歪み」や「偏り」みたいなものが、いろいろ修正されるようなところがありましたね。

――ゴダールに関しても、あのタイミング(2022年8月)で語っておいて、結果的には良かったですよね。

宇野:そう? 亡くなった後、自分の発言が時間差で掘り起こされてプチ炎上したじゃない(笑)。でも、特に日本におけるゴダールって無条件に神格化されすぎていて。そこには10代20代の頃の自分に対する自己反省も多分に込められているんだけど、その神格化と裏表の関係にあった、ゴダール周りの言説が日本ではあまりにも縄張り化していたことに対する抵抗みたいな話だったの、あれは。

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森:でも、きっと亡くなったあとのトークだったら、もっと畏まっちゃったと思うんですよ。僕としては、率直に各々のゴダールについて語れた、とても良い回だったと思っています。

――ゴダールに関してもそうですけど、この対談シリーズは、毎回決して「礼賛モード」ではないですよね。

森:そうなんですよね。ヴェンダースの回とか、結構辛口だった(笑)。こうやって、ひとりの監督について語り合う対談って、ともすれば、その監督を神的なものとして扱いがちだけど、この連載については、決してそうじゃないですもんね。神棚に置かず、良いも悪いも含めて、あくまで批評の壇上に乗せる、という。

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宇野:ヴェンダースに関しては、きっと久々に日本でも大きな話題になるに違いない新作『PERFECT DAYS』も先日観ましたけど、あの時に語るべきことを語っておいて良かったって改めて思った。日本の資本で撮ってることも含め、まさにあそこで問題提起した通りの作品になっているので。公開前なので、それ以上は言わないけど。

――(笑)。いずれにせよ、ここで取り上げた監督の作品は、旧来のファンはもちろん、若い人たちにも結構観られているような印象があります。

森:本当に、意外なくらい若返っている部分もありますよね。それは実際、レトロスペクティブの現場とかに行っても感じますよ。一般に日本の場合は、例えば韓国などに比べると、学生の映画への関心が圧倒的に薄いとよく言われるんですが、ただコア層まで潜れば、さほど熱量の差はないような気もする。もしかしたら、実際に自分たちで映画を撮っている方々が、足しげく特集上映などに通っているのかな、とも思うんですよね。日本の場合、インディペンデント映画を撮る側の裾野に関しては、今ものすごく広がっているじゃないですか。だから、実作に乗り出した時、低予算でスタイリッシュな映像や語りを実現している旧作群が、今の映画以上に、いろいろ参考になるのかもしれないですよね。

――自分たちも、「こういう感じで映画を撮りたい!」みたいな?

森:そうそう。だから、最近の自主映画界の20代の監督陣とお話させてもらっても、どのへんの作品を参考にしたかと訊くと、ゴダールとかロメールの名前が結構挙がってきますね。あと、カサヴェテスにしろ、特集上映で人気のラインというのが確実にある。カサヴェテスに関しては、やはり濱口竜介監督が最も影響を受けた作家として良く言及していることで、日本の若い映画好きの中で再浮上したってことも大きいでしょうね。あと、インディ映画で自分のスタイルを模索していると、知らず知らず、偉大な先人のやり方と「似ちゃう」ってところもある。リアリズム演劇をベースにしている加藤拓也監督の映画だって、ある種、役者の生々しい演技を映画的に探究したカサヴェテスに近いものとして観ることができる。監督ご本人がそれを意識しているかどうかは、また別の話ですよ。ただ加藤監督の新作『ほつれる』では、石橋英子さんが音楽を務めていましたけど、そこにカサヴェテスという名前を挟むことで、石橋さんと先にコラボしていた濱口竜介監督と繋がったりもするわけで。

『飛行士の妻』©1981 LES FILMS DU LOSANGE.

――そういうのって、最近結構ありますよね。それこそ、今泉力哉監督とロメールとか。

森:そうそう。今泉さん自身は、そんなつもりはなかったみたいだけど、観る人が観たら、何かエリック・ロメールっぽいっていう(笑)。その指摘を受けて、逆に今泉さんがロメールの映画を気になってきたりとか、あるいは今泉ファンとロメールファンが繋がったり、みたいな回路も考えられる。そんな具合に時代や国を超えて、いろんな作家同士に線を引いていくことができるんですね。

宇野:20世紀の映画って、良くも悪くも今後は一般教養化していく方向にあると思うんですよ。近代美術とかクラシック音楽と同じように。ただ、それと同時にちゃんと言っておきたいのは、単純に誰が観ても楽しめる作品っていうのも、「ザ・シネマメンバーズ」のラインナップにはいっぱい入ってるってことで。そういう映画に出会うきっかけとなるような、作品の敷居を下げるような会話がここではできたらなって思ってるんだけど。作家の権威づけや知識のひけらかしとかじゃなくね。

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