『クレヨンしんちゃん』最新作は令和版『オトナ帝国の逆襲』だ 新時代を共に生きるために
2Dで親しまれたアニメ作品の3DCG化に対して、「やられたぜ」と驚く場合と、「やっちまったな」と残念がる場合が存在しているとしたら、8月4日に公開された『しん次元!クレヨンしんちゃんTHE MOVIE 超能力大決戦 〜とべとべ手巻き寿司〜』に当てはまるのは、「よくやった」といういずれでもない感想だ。デフォルメされた漫画的キャラの3DCG化という難題を工夫によって乗り越えつつ、令和の今に響く物語を紡いでいろいろなことを考えるきっかけをもたらしてくれる。そんな映画だ。
シンエイ動画が長く手掛けてきたTVアニメ『ドラえもん』の3DCG化に挑み、『STAND BY ME ドラえもん』という大ヒット映画に仕立て上げた白組が、同じシンエイ動画作品『クレヨンしんちゃん』の3DCG化に挑む。そんなニュースに抱いたのは、精緻に立体化された野原しんのすけやふたば幼稚園の仲間たちが、3Dによって作られた空間を縦横無尽に暴れ回るアクションでいっぱいの、楽しい映画になるのではという予想だった。
結果として登場した映画に浮かんだのは、『クレヨンしんちゃん』を観たい人の期待に応える作品を、3DCGという表現を活かしてしっかりと作り上げてくれたという感謝だ。例えばアクション。冒頭から繰り広げられるキックボードで逃げるしんのすけと、スケートボードや自転車で追いかけるみさえによるアクションは、3DCGによって構築された街中を奥から手前へ、そして手前から奥へと駆け抜ける2人を映すダイナミックな映像を、アニメでもしっかりと見せてくれた。
2Dのアニメでは、カメラに向かって走ってきたり、遠くへと走り去ったりするキャラクターを描くのが難しいと一般的に言われている。そうした場面を『しん次元!クレヨンしんちゃん』では冒頭でたっぷりと描いて、逃げるしんのすけのやんちゃぶりや、追いかけるみさえの活発さを改めて感じさせた。箱庭のような空間を作れば、あとはその中のどこにカメラを置いて、キャラクターをどう動かすかを自在にコントロールできる3DCGならではの表現と言える。
クライマックスに登場する、ロボットアニメだったり怪獣映画だったりするようなシーンでも、3DCGならではの迫力たっぷりのバトルを見ることができた。2Dのアニメでは、カンタムロボが巨大化しても、しんのすけたちの絵柄に合わせておもちゃのような見た目になるだろう。怪獣も、デフォルメされたものになってしまう。これが『しん次元!クレヨンしんちゃん』では、金属のカタマリのようなカンタムロボが、重量感とスピード感のあるバトルを見せてくれた。それでいて、デフォルメされたしんのすけのキャラと絡んでいても、それほど違和感はなかった。
この部分で鍵となりそうなのが、しんのすけを初めとした『しん次元!クレヨンしんちゃん』におけるキャラクター造形だ。同じ3DCGで作られた『STAND BY ME ドラえもん』と比べると、どこか簡略化され過ぎているように思う人も少なくないだろう。笑えば口が開いて奥までのぞけたドラえもんやのび太の造形と違って、しんのすけも松坂桃李が演じた非理谷充も、口の中に奥がない。丸や四角が張り付いて、その中が塗られているだけだ。
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この工夫が、2Dライクな雰囲気を残したまま、3Dならではの質感を持ちアクションもできるキャラにつながった。劇場で販売されているパンフレットを開くと、当初は『STAND BY ME ドラえもん』のようなルックのキャラが検討されていた。これに対して監督・脚本を務めた大根仁が、自分が手掛けるならセルルックが良いと言い、それではいつもの2Dの『クレしん』と同じになってしまうという意見を得て、2Dの雰囲気を残した3Dという独特のキャラクター造形になった。
『STAND BY ME ドラえもん』でやれていたことがやれなくなった訳ではなく、あえてやらずに作品や物語に必要とされるルックを選んだということ。これによってしんのすけも他のキャラクターも、しっかりと漫画やアニメの雰囲気を残したものとなった。もしもみさえが、パンフレットに掲載されている最初期の案のとおりに、白目がしっかりとあるデザインだったら、たとえストーリーや声で『クレしん』らしさを出したとしても、「やっちまったな」と思う人が出ることは避けられなかっただろう。
2Dアニメの3DCG化では、過去から現在に至るまで、さまざまな取り組みが行われ、さまざまな結果を招いてきた。例えば、井上雄彦の漫画を原作にした『THE FIRST SLAM DUNK』。3DCGでありながら、見た目も表情も仕草も井上が描いたままといった雰囲気となっている。自身が監督を務め、絵の1枚1枚に手を入れて自分の求めるものに近づけた作業が、まるで漫画が動いているようなルックであり、実際のスポーツを自在に動くカメラで捉えたような映像を生み出した。「やられたぜ」と拍手喝采をしたくなる代表例だ。
8月18日公開の鳥山明による漫画を原作としたアニメ映画『SAND LAND』も、3DCGによって作られた作品だ。世界的に知られる神風動画が手掛けただけあって、鳥山明の絵がそのまま動くようなセルルックのアニメに仕上がった。『しん次元!クレヨンしんちゃん』でも選ぶことはできたそうした道を避け、新しい道を探りベストなルックを作り上げたところに、「よくやった」という思いが浮かぶのだ。