『キングダム 運命の炎』は“時代”を映し出す“現在の映画”に 今後のシリーズの行方は?
本作最大の見どころは、秦国、趙国の両軍ともに三方に分けられた布陣が、刻々と戦況が変化するなかで、それぞれの動きを見せていくという、同時進行のスペクタルだろう。双方の戦術がぶつかり合い、兵や将たちが入り乱れたぎりぎりの戦いが展開される様は、壮観であるとともに、興奮せざるを得ないほどの高揚感に包まれている。このような壮大なシーンは、ジャッキー・チェン作品のアクション監督や、『レッドクリフ』2部作を担当した中国側のスタッフによるところが大きいという。
『三国志』などに代表される、このような古い時代の中国のダイナミックな戦争の光景を表現するにあたり、日本と中国の人々が手を結び、これほど詳細に映像化し得たというのは、アジアの映画界の一つの達成であるとともに、一級の娯楽表現として、アジアがアメリカやヨーロッパなどの歴史作品に十分対抗できる勢力であることを示すことになったといえるのではないか。
信が率いる部隊が協力し合いながら、屈強な兵をかき分けつつ敵将に迫っていく場面も印象深い。信が兵の少ないスペースを見分けながら疾走して目標を目指すという動きは、ラグビーのプレーを参考にしているのだという。また、山田裕貴、片岡愛之助、山本耕史ら、一癖ある俳優陣が敵側に配置されていることで、そこにさらなる緊張感が与えられることになったといえるだろう。
一方で、信の率いる仲間たちや、大勢の兵に死傷者が出ているにもかかわらず、その悲惨さが多くの部分で省略されている点は気になるところだ。戦争の残酷な部分を十分に描かずに、戦略や武芸の方にフォーカスするというのは、倫理的な面からはもちろん、リアリティの面からも疑問を感じざるを得ないのだ。もちろん、本作が漫画原作であることや、できるだけ幅広い観客に楽しんでもらうため、極力残忍な場面を見せなかった事情も理解できる。だが戦争を題材に選んでいる以上、そこには描写における一定の責任も発生するのではないだろうか。
また、「紫夏編」などでも描写されるように、始皇帝となるはずの嬴政が、勇気と慈愛に満ちた存在だと表現している点も、原作通りとはいえ違和感を覚える部分だといえる。なぜなら基本的に始皇帝といえば、中国の歴史のなかでもとくに圧政を敷いた暴君として知られているからだ。この『キングダム』の試みは、これまで『三国志』で悪役とされてきた曹操を主役にし、その功績の部分も紹介した日本の漫画作品『蒼天航路』が先達となっていると思われる。
とはいえ、とくに最近はロシアがウクライナを一方的な理由で軍事侵攻しているように、権力者が自己を正当化して軍事行動を起こす構図は、タイミング的にも始皇帝の覇権主義の姿勢と重なってしまうところがある。中国国内でも近年、国営中央テレビのドラマで始皇帝の功績を描いたことで、現在の中国の政治権力を追認するための歴史の美化なのではないかと、歴史家などから指摘を受けている。こういった従来の歴史観を反転させる動きというのは、日本だけで起こっている話ではないのだ。(※)
さて、原作がまだまだ続いているように、実写映画版である本作の物語も、また次作へと続くことになる。とはいえ、映画が描いている箇所は、原作と比較すると序盤も序盤だ。この規模の映画作品を、そのまま原作に沿って長く続けていくというのは、さすがに無理があるだろう。その行方は、本作がどれだけヒットするかにもかかっているとも考えられるが、おそらく次作でいったん区切りを迎える可能性が高いように思われる。
なぜなら次作で描かれるだろうエピソードは、『キングダム』全体のなかでも大きな象徴となるものだからだ。これは、内容の部分で共通するところがある『劇場版「鬼滅の刃」 無限列車編』(2020年)が特大ヒットを達成したことと無縁ではないのではないか。いずれにせよ次作は、これまで以上に力の入った内容になることは間違いないだろうし、本作はそのための布石として機能する内容になっているとも感じられる。
面白いのは、古代中国を題材にした本作が、このようにさまざまな点で“時代”を映し出す、現在の映画になっているということだ。“現在”は歴史と切り離されたものではなく、いつかそれ自身も歴史となっていくものなのである。
参照
※ https://www.sankei.com/article/20210118-UAUUIOQLTROIJJ3RH6GHX3H3RY/
■公開情報
『キングダム 運命の炎』
全国公開中
出演:山﨑賢人、吉沢亮、橋本環奈、清野菜名、満島真之介、岡山天音、三浦貴大、杏、山田裕貴、髙嶋政宏、要潤、加藤雅也、高橋光臣、平山祐介、片岡愛之助、山本耕史、長澤まさみ、玉木宏、佐藤浩市、大沢たかお
監督:佐藤信介
脚本:黒岩勉、原泰久
原作:原泰久『キングダム』(集英社『週刊ヤングジャンプ』連載)
音楽:やまだ豊
配給:東宝
©︎原泰久/集英社 ©︎2023映画「キングダム」製作委員会
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