『君たちはどう生きるか』は究極の“私映画” 子どもたちに問う“イマジネーション”の大切さ

 さて、吉野源三郎版『君たちはどう生きるか』に対して、この宮﨑駿版『君たちはどう生きるか』で何が現代の子どもたちに問われているかと言えば、やはりイマジネーションの大切さではないかと思う。子どもならこれぐらいの想像力を働かせてほしい、私の少年時代がそうだったように、というような願望が、映画の半ば過ぎあたりから始まる怒涛のファンタジーパートに塗り込められているのではないか(多少、圧が強いところも宮﨑監督らしい)。

 どんどん先行きが暗くなる日本の社会、そして戦争がやむことのない世界の状況のなかで、子どもたちは未来へ歩み出していかなければならない。それでも、否だからこそ、イマジネーションは逞しく育んでおくべきだという最後にして最大の「お説教」。それはかつてテリー・ギリアム監督が『未来世紀ブラジル』(1985年)で、抑圧的社会への絶望とセットで「それでも人間の空想力には誰も手出しできない」と謳ったように、苛酷な現実を生きのびる術を示しているのかもしれない。

 ヴァルハラめいた島と海の情景、ストーンヘンジと古墳を合わせたような石造りの墓、ヨーロッパ風の古民家などなど、異世界に存在するものは皆どれも既視感をまとっている(過去の宮﨑駿作品で出会ったものを多々含む)。主人公を導く鳥と城のカップリングはやっぱり『やぶにらみの暴君』(1952年)のイメージ拝借で、鳥人間モブの不気味なおかしさは『老婦人とハト』(1998年)もちょっと入ってるだろうか? あえて「誰も見たことがない、新しいビジュアルを見せてやろう!」というような意気込みは潔く放棄している。「どこかで見たことのある世界観」は、眞人少年の脳内世界であることを示唆してもいるだろうし、「若いうちにいろいろなものに触れて、見聞を広めてほしい」という願望も入っているのかもしれない。

 はたして戦時下に育った眞人少年にここまでの異世界イメージを思い描けるかというと謎だが、一種の「予知夢」と考えたらどうだろう。成長した眞人少年=若き日の宮﨑駿がのちに出会い、多大な影響を受けるものたちの「予知夢」。知識もないのに条理を超えた発想を生み出してしまう子どものイマジネーション、その本領発揮を描いているとも取れる。

 そういった想像力は、身近な他者を理解する力にもつながる。眞人少年の冒険は、人間の多面性に出会う旅路でもある。若かりし日のキリコの逞しさ、おそらく亡き母の前身であろうヒミの快活さ、そして知られざる夏子さんの苦しみ。一面的な理解だけでは及ばない、複雑な他人の内面に思いを馳せることは、大人への通過儀礼でもある。現実世界を見ると、それを正しく実践することは難しく、おそらく何度も失敗を重ねることだろう。だが、コペル君の叔父さん的に言えば「その問題に気付いただけでも大きな前進」である。

 少年の父親もまた例外ではない。周囲に成功をひけらかす成金タイプの男ではあるが、息子のことを大事に思う父親であり、決して悪い人間ではないことがコミカルに描かれる(そういう非常にかっこ悪い人物を木村拓哉が演じるというキャスティングが秀逸だ)。以前の宮﨑監督なら最後まで反発対象として描いたかもしれない人物だが、そんな父親も息子世代として見守る年齢になったからこそ、可能になった描写かもしれない。ちなみにこの場面は、基本的に眞人少年の視点で貫かれた本作において、そのルールを逸脱して違和感を誘う場面である。それだけ監督にとっては重要なくだりであると同時に、それこそ映画のつまらない規則性や一面的解釈を覆そうという意図も感じられる。

 終盤、眞人少年はこの世界を統べる人物と出会い、継承者となることを提案される。地獄とも呼ばれるその世界は、戦火に包まれる現在の地上に比べ、どこまでも平穏で美しい。だが、彼は現実に帰還することを望む。「友達をつくります」という宣言は、高畑勲、大塚康生、小田部羊一といった仕事仲間たちとの邂逅を約束する言葉だろうか。

 そういえば自分がこんな人生を歩んできたのは、子どものころにこんな「約束の夢」を見たせいかもしれない……そんな作家の不思議な原体験を振り返るような本作は、純度100%の「私映画」であり、確かに遺言めいてもいる。少年の母親への思慕と初恋の感情が躊躇なく結びついてしまうところなど、思わず首をかしげてしまう部分もあるが、それもやっぱり究極の私映画だと思えばやむをえまい。言葉で説明すればするほど窮屈になるだけの映画だから、内容を極力明らかにしない宣伝方針も正しかったと言えるだろう。

 ラストシーンに登場する眞人少年は、異世界での冒険などほとんど忘れているかのようにも見える。しかし『千と千尋の神隠し』(2001年)の結末を覚えている観客は「きっと心のどこかに、あのときの記憶が残っているに違いない」というロマンティックな余韻を抱くはずだ。本作を観た子どもたちも、いつかは映画の内容をすっかり忘れてしまうかもしれない。でも、心のどこかでは……それが彼らの人生に少しでも役に立てば……そんな作り手の願いが込められた「最後の長編」なのではないだろうか。とりあえず、いまのところは。

■公開情報
『君たちはどう生きるか』
全国公開中
原作・脚本・監督:宮﨑駿
主題歌:米津玄師「地球儀」
製作:スタジオジブリ
配給:東宝
©2023 Studio Ghibli

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