MCUが足を踏み入れた“やばい”領域 先が予想できない『シークレット・インベージョン』

 だが本シリーズには、より大きな心配がある。それは、テロ事件を若いスクラル人が引き起こすという描写が、現実の状況を連想させてしまうことだ。例えば現在、ISIL(イスラム国)などの過激な思想を持った武装組織が、世界中のイスラム教国をルーツとする若者らに向け、動画配信などでテロ行為を呼びかけるという行為が問題となっている。そのため、現状に不満を持っている移民の子どもたちが、親の知らないうちにインターネットを介して洗脳されてしまう事態が起きているのである。これは、タロスとその娘の間の世代間ギャップに重ねられているように感じられる。

 ドラマ『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』でも、すでに「フラッグ・スマッシャーズ」という移民の武装組織が描かれた。しかし今回は、異星人という外部の存在を脅威として描いているという点で、まるで移民そのものが脅威であるかのような受け取り方をされる危険性を感じてしまうのだ。前述したように、過激な思想に傾倒する移民が、ごく一部で存在することは事実である。それだけに、本シリーズの内容が移民全体に対する偏見を強めてしまうのではないかという懸念がある。

 もう一つの問題は、どんな人物にも姿を自在に変えられる異星人という存在が、実際の陰謀論に、やはり酷似しているということだ。アメリカの陰謀論者が提唱し、日本のSNSにも影響を及ぼした、「ゴム人間」を知っているだろうか。これは、政治家や芸能人など社会的影響力のある大勢の人々が、精巧なゴムのマスクを被った何者かとすでに入れ替わっているという、荒唐無稽な都市伝説レベルの内容だ。このデマは、異星人が地球人を装って地球を支配していくという、過去のアメリカのドラマ作品が基になっているといわれている。

 『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』のテーマが「フェイクニュース」であったように、MCUはたしかに、陰謀論が広まっている状況を問題視していたはずだ。にもかかわらず、今回は陰謀論そのままのような内容を提出しているのである。もちろんドラマと現実を混同するのはナンセンスな話だが、陰謀論者の多くは、社会のあらゆる要素を自説に結びつけてきたわけで、本シリーズの存在自体、何らかのサインだとしてデマの根拠にしてしまうということは、十分に考えられる。

 マーベル・コミック作品の中に、スクラル人が地球を征服しようとするといった内容が描かれていたものがあったのもたしかであり、原作に準拠しているといえば、しているのだろう。だが果たして、いまこの題材に手を出すべきだったのかは疑問だ。これまでのMCUが描いてきたテーマや、マーベル・スタジオの立場からすれば、上記のような受け取られ方は本意ではないはずである。

 ということは逆に、おそらく本シリーズが進んでいくなかで、これらの疑問が解消され、偏見や陰謀論の助長などが払拭されるような描写や展開が用意されているということなのではないだろうか。いや、用意されていると信じたいところだ。その場合、スクラル人そのものではなく、さらに裏で暗躍して、人類とスクラル人の分断を煽るような、真の邪悪な敵が登場するのかもしれない。スクラル人が誰にでも変身できるように、この物語には、予想を覆す出来事が何度も起きるはずなのだ。

 アイアンマンやブラック・ウィドウ(ナターシャ)がこの世を去り、キャプテン・アメリカは引退、ソーやキャプテン・マーベルが宇宙へ旅立ったように、ニック・フューリーと結びつきの強いヒーローたちは少なくなっている。もはやフューリーも過去の人として扱われ、世代を交代する時期に差し掛かっている。MCUが今後も長く存続していくのであれば、遅かれ早かれ、彼にも引退のときがくる。

 その意味では、ついにニック・フューリーを主人公とした本シリーズは、思い残すことのない活躍をして、フューリーの人生の集大成となるような内容になってほしいと思うのである。それはまた、偉大な俳優サミュエル・L・ジャクソンへのリスペクトにもなるはずだ。

 このように、さまざまな見どころが用意されるとともに、気になるポイントも発生してしまった『シークレット・インベージョン』。現時点でスパイサスペンスとしても見どころ十分であり、おそらくはMCU作品のなかでも、最も予想のできない展開が続いていくのだろう。そんなエピソードを追っていくことが楽しみでもあり、恐いほどにスリリングである。

■配信情報
『シークレット・インベージョン』
ディズニープラスにて独占配信中
©︎2023 Marvel

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