ジェニファー・ロペスの人生を象徴? Netflix映画『ザ・マザー』に込められたメッセージ
「J. Lo(ジェイロー)」の愛称で知られる世界的スター、ジェニファー・ロペス。歌、ダンス、そして演技と、多彩な才能を発揮して各分野できらびやかなキャリアを積んできた彼女は近年、スーパーボウルでのハーフタイムショーで難民問題をうったえるなど、社会問題に目を向けるようにもなってきている。そんなジェイローが新たに主演した、ハードなアクション映画『ザ・マザー:母という名の暗殺者』は、ある意味で彼女の人生を象徴するような、興味深い一作となった。
監督したのは、『スタンドアップ』(2005年)、『ムーラン』(2020年)など、女性たちを“チア・アップ(奮い立たせる)”する作品を撮っているニキ・カーロだ。ジェイローとカーロがタッグ組む以上、そこに強いメッセージが込められないはずがない。ここでは、本作『ザ・マザー』の内容を考えながら、そこにどのようなテーマが投影されたのかを考えていきたい。
ジェイローが演じるのは、殺人術に長けた元兵士で、一時は犯罪組織に加わっていたものの、妊娠したことで、新たに生まれてくる子どものために組織を抜けて、FBIに庇護を求めた一人の女性。名前が明かされないので「ザ・マザー」と呼ばれる主人公だ。アヴァンタイトル(オープニングシーン)では、組織の執拗な追撃を逃れ、生き延びる彼女の顔が映し出される。シャワーに濡れたフードを被る姿は、宗教画に描かれた聖母マリアのようである。
その後、生まれた一人娘の安全を考え、ザ・マザーは、まだ赤ん坊の娘をFBI職員に託し、アラスカの山奥で生きることを選択、そのまま12年が経過する。過酷な自然のなかで寂しくも平穏な日々を過ごしてきたザ・マザーだったが、娘の情報が組織に流れていることを知り、「ゾーイ」と名付けられた娘(ルーシー・パエス)の命を守るため、彼女が暮らすオハイオ州シンシナティへと出向くことになる。しかしザ・マザーの奮闘むなしく、ゾーイは組織に誘拐されてしまうのだった。
ここからゾーイを奪い返す展開を経て、ザ・マザーと娘のアラスカへの逃避行と、束の間の実の親子の交流が描かれることになる。作中で何度かアラスカの狼が映し出されるように、本作の設定は小池一夫原作、小島剛夕作画の『子連れ狼』に近いところがある。研ぎ澄まされた殺し屋が子どもを連れながら、刺客とのバトルを繰り広げていくのである。
だが、なぜ組織はここまでしてザ・マザーに復讐しようとするのか。これは彼女が、ジョセフ・ファインズやガエル・ガルシア・ベルナルが演じる、組織に所属する男たちと過去に恋愛関係があったことが関係しているように思われる。女性と子どもが男性のもとから逃げ出して公的な機関に助けを求め、素性を隠して新天地で生きるというのは、DV被害者の行動を彷彿とさせるものがある。
ここで思い至るのは、この現実離れしたアクション映画の物語自体が、現実にも数多く存在するような、DV被害からサバイブする母親の闘いを暗示しているのではないかということだ。そう考えれば、ここで敵役が歪んだ愛情を伝えながら母子に執着し、同時にハラスメントや危害を加えようともする理由が理解できるのではないか。そして、母子が本作の物語で立ち向かうのは、男たちの加害の土台となっている“支配欲”だといえるだろう。女性たちは親子二代でそれぞれに、理不尽な支配から自由になって、自分の生き方を選び取ろうとするのが本作のテーマだということになる。