『【推しの子】Mother and Children』は素晴らしい出来 劇場作品として傑出した濃い内容

 一方で、手を替え品を替えファンの財布の紐を緩めてくる、近年のアイドルビジネスの手法を考えれば、恋愛禁止を謳いながら、それが破られることについて、事務所の側がとくに責任を取らず、金銭的な補償もしないのならば、ファンはただ養分として吸い尽くされるばかりの存在でしかないのかという話にもなってくる。

 そんな疑問に対し、本作は登場人物の医師・雨宮の姿を、マゾヒスティックなまでに先進的なファン像として、観客に突きつける。それは、星野アイの妊娠を知りつつも、それを彼女の魅力的な人間くささの一部だと捉え、ますます応援しようとするという、自分にとってのネガティブな面をも受け入れて全肯定する態度である。確かに、アイドルを本当に一人の人間として愛そうとするのならば、そうするべきなのかもしれないのだ。

 そして、もしそこに価値を感じられないのなら、そのファンは実際には存在しない、漂白された商品をこそ求めているということになるのだろう。星野アイが嘘を武器として、嘘をむしろファンへの愛情として駆使するのは、ファンが求めている虚像を提供しているに過ぎないのだ。そのように考えると、本作が彼女の姿勢を通して提示しているメッセージは、日本のアイドル文化の核心を突いた、業界の批評といえるのではないだろうか。

 他にも本作は、大手芸能事務所と零細の事務所との力関係や、業界内に存在するといわれる「枕営業」を暗示させる会話、芸能人が富裕層との「ギャラ飲み」に参加する事情や、TVドラマの現場におけるキャスティングの内情、子役の苦悩やSNSでのバッシング、ストーカー問題まで、この90分弱のボリュームの中にここまで詰め込むかというほどに、ある意味“ゲス”なトピックを含めて、芸能界の裏事情が提示されている。長いドラマの幕開けであり、単行本1巻分をほぼ詰め込んだ本作は、その意味において一つの独立したアニメ作品、劇場作品としても傑出した内容の濃さがあるといえる。

 芸能やさまざまな分野のクリエイティビティが題材となっている原作漫画だけに、アニメーションの制作現場はプレッシャーを感じていたことだろう。だが、それだけにこの原作者は、稀有なほどに映像化に理解ある存在だという考え方もある。だからこそ、膨大な情報量をテンポ良くドラマとして構成した脚本の仕事を含め、スタッフは仕事がしやすかった部分もあったのではないか。

 そして、アニメスタジオのオリジナル作品からは、本作のような発想で、各分野のファンを怒らせかねない、攻めた企画はなかなか出てこないことも事実だろう。その意味で、このコラボレーションは現時点で非常にうまくはまったように感じられる。

 そして、いま目にすることのできる、この90分弱の作品に限っていえば、間違いなく素晴らしい出来に仕上がっているといえよう。だから、これだけを劇場作品としてカットしたのは、それ自体に意義あることなのではないかと考えられる。何より、現在の日本の“現在”の文化や、それにまつわる空気と、発生している課題までもスピード感を持って、ここまで凝縮して表現し得たことは賞賛に値する。

 とはいえ、原作漫画の方は、その後の展開で苦労しているところがある。全体的にはもちろん見るべきものが多々ある内容ではあるが、ここまでが鮮烈でショッキングなストーリーだったことを含め、ここから続いていくエピソードでは、当初の完成度やテンションをなかなか維持できず、作画が乱れていた時期もあった。TVアニメ版は、そこをどう工夫しながら乗り切って、ペースを落とさずに走っていけるかが重要なポイントになるだろう。つまり、間もなくTV放送される、この後のエピソードこそが、今回のアニメ化企画全体における、真の勝負となるはずなのである。

■公開情報
『【推しの子】Mother and Children』
EJアニメシアター新宿ほかにて第1話(90分拡大版)先行上映中

■放送・配信情報
TVアニメ『【推しの子】』
TOKYO MXほかにて、4月12日(水)スタート
TOKYO MX:毎週水曜23:00〜放送
チバテレ:毎週水曜24:45〜放送
群馬テレビ:毎週水曜25:00〜放送
サンテレビ:毎週水曜25:00〜放送
KBS京都:毎週水曜25:00〜放送
BS11:毎週水曜25:00〜放送
静岡放送:毎週水曜25:25〜放送
テレビ愛知:毎週水曜25:30〜放送
tvk:毎週水曜25:30〜放送
テレ玉:毎週水曜25:30〜放送
とちぎテレビ:毎週水曜25:30〜放送
北陸放送:毎週水曜25:30〜放送
東日本放送:毎週水曜25:31〜放送
広島ホームテレビ:毎週水曜25:40〜放送
テレビ北海道:毎週水曜26:05〜放送
TVQ九州放送:毎週水曜 26:05〜放送
新潟放送:毎週水曜26:30〜放送
AT-X:4月14日(金)スタート 毎週金曜21:00〜放送(リピート放送:毎週火曜9:00〜/毎週木曜15:00〜)
※放送日時は変更になる可能性あり
ABEMAにて、4月12日(水)より毎週水曜23:00〜地上波同時・単独最速配信
その他サイトにて、4月13日(木)23:00〜以降順次配信予定
キャスト:高橋李依、大塚剛央、伊駒ゆりえ、伊東健人、高柳知葉、内山夕実、潘めぐみ
原作:赤坂アカ×横槍メンゴ(集英社『週刊ヤングジャンプ』連載)
監督:平牧大輔
助監督:猫富ちゃお
シリーズ構成・脚本:田中仁
キャラクターデザイン:平山寛菜
サブキャラクターデザイン:澤井駿
総作画監督:平山寛菜、吉川真帆、渥美智也、松元美季
メインアニメーター:納武史、沢田犬二、早川麻美、横山穂乃花、水野公彰、室賀彩花
美術監督:宇佐美哲也(スタジオイースター)
美術設定:水本浩太(スタジオイースター)
色彩設計:石黒けい
撮影監督:桒野貴文
編集:坪根健太郎
音楽:伊賀拓郎
音響監督:高寺たけし
音響効果:川田清貴
アニメーション制作:動画工房
オープニング主題歌:YOASOBI「アイドル」
エンディング主題歌:女王蜂「メフィスト」
©赤坂アカ×横槍メンゴ/集英社・【推しの子】製作委員会
公式サイト:https://ichigoproduction.com/
公式Twitter:@anime_oshinoko

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