火を失った人類はどうなる? 西村純二×押井守『火狩りの王』が内包する人類最大のテーマ

『火狩りの王』が内包する人類最大のテーマ

 人類は火を使う。これは人類を他の動物と分け隔てる決定的な特徴だ。

 火によって農業肥料に必要な灰を作ったり、狩りをする時に獲物を駆り立てたり、食物を調理することを覚えた。さらに、暖をとり、夜間でも明るい照明を作り出し、遂には銃や爆弾といった兵器を開発するに至った。火はあらゆる文明の起源と言えるほど、人類の発展に重要なもので、様々な宗教や神話などでも象徴的に扱われる。

 火の恩恵を失ったら人類はどうなるのか? 日向理恵子原作、押井守構成・脚本、西村純二監督作のWOWOWオリジナルアニメ『火狩りの王』は、そんな問いを投げかける作品だ。

『火狩りの王』©︎日向理恵子・ほるぷ出版/WOWOW

 本作の人類は最終戦争後、人体を作り替えられ、たやすく体内から発火するようになってしまう。その体質のせいで、火に近づくことができなくなった人類は、過去の文明をほとんど失っている。人は森の闇と炎、どちらにも怯えて暮らすようになり、自然の脅威にさらされながら生きることを余儀なくされ、人間の命の重さは、他の動植物とほぼ変わらなくなっている。

 そんな世界を舞台に、人はいかに生きるべきなのか。本作は11歳の少女と15歳の少年が懸命に生きる姿を通じて、命とは、世界とは、そして文明とは何かという、根源的な問いをめぐる旅路を描いたファンタジーだ。

和風ポストアポカリプスの世界観

『火狩りの王』©︎日向理恵子・ほるぷ出版/WOWOW

 本作の舞台は、おそらく現代よりも未来の世界だ。最終戦争後に人類は、人体発火病原体に感染し、近くで火があるだけで内側から発火してしまうようになる。火が使えなくなった世界で、人類は小さな村々に結界を張り、細々と生活している。村の外では炎魔と呼ばれる異形の獣が跳梁跋扈しており、人々の生活を脅かしているのだが、この炎魔の体液だけが唯一安全に使える火でもある。そんな狂暴な炎魔から体液を採取する危険な仕事を請け負う「火狩り」が人々の生活を支えている。

 主人公の11歳の少女、灯子は森でとある火狩りに命を助けられる。しかし、その火狩りは相棒である狩り犬のかなたを残し絶命してしまう。灯子は、彼の残した狩り犬を家族の元に返すために、首都を目指すことになる。

 一方、その首都では15歳の少年、煌四が病弱な妹の治療のために、資産家の家にやっかいになることとなり、ある兵器の開発に携わることになる。

『火狩りの王』©︎日向理恵子・ほるぷ出版/WOWOW

 物語はこの2人を中心に、過酷な世界でもがきながら生きる人々を克明に描き出す。火を失い、旧時代の文明から切り離された人類は、小さな村落に身を寄せ合うようにして生きており、そこからほとんど出ることなく生涯を終える。そんな閉じた世界で、灯子ははからずも首都への冒険に出ることとなる。

 灯子は、火狩りの女性・明楽や、厄払いとして嫁に出された火穂、首都の体制を転覆しようとする集団「蜘蛛」の子であるクン、飄々とした操縦士の青年・照三、森で生きる木々人たちと出会うことで、広い世界を知っていき世界の秘密に触れるようになる。そして、彼女は、最終戦争前に宇宙に打ち上げられた人口の星「千年彗星・揺るる火」が戻ってくるという伝説を知ることになる。

 本作は、『風の谷のナウシカ』や『マッドマックス』のようなポストアポカリプス、文明が滅んだあとの人類を描くタイプの作品で、SF的な要素も多く含んでいる。旧時代の文明がわずかに残っていて、スチームパンク的な要素もあるが、その世界は過去の日本のようでもある。

 この世界の人類はなぜ発火するよう作り替えられたのか、首都を転覆しようと画策する勢力とこの世界を支配している者たちの関係、そして「揺るる火」の正体など、この世界の根幹にかかわる多くの謎がちりばめられている。

 この物語の登場人物は、だれもがちっぽけで特別な存在ではない。灯子と煌四もどこにでもいそうな少女と少年であるにもかかわらず、そんな巨大で理不尽な謎めいた世界に対して、勇気を持って踏み出していくのだ。

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