神山健治が大災厄下で描いたもの WOWOWオリジナルアニメ『永遠の831』を観て

神山健治が未曾有の大災厄下で描いたもの

 WOWOWオンデマンドで配信中の神山健治監督・脚本による最新作・WOWOW開局30周年記念長編アニメ『永遠の831』。“未曾有の大災厄” により世界中が混迷を極める現代。高校三年の夏に起こったある事件をきっかけとして、自分の意志とは無関係に周囲の時間を止める能力を持ったスズシロウは自分と同じように時間が止められるようになったなずなと出会う。止まってしまった時間を、2人は再び動かすことができるのか。現代の日本を舞台に、“神山節”とも呼べる哲学が随所に散りばめられた作品だ。

 神山健治監督は、これまでに『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』や『東のエデン』などのアニメーション作品を手がけ、政治や社会に対する疑問符をアニメというエンターテインメントの中に巧みに落とし込んできた。今作『永遠の831』でもそれは同様で、あくまでもニホンというパラレルな世界線を舞台に描くことで、現代日本に対するアンチテーゼみたいなものを投げかけている。作品の背景として“未曾有の大災厄”というものが出てくるが、ここ20年の日本という国が経験した災害や近年のコロナ禍における、政治判断や政治的手法等、様々なことが当てはまるように思う。公式サイトでのインタビューで、コロナ禍に触れたコメントもあるが、“未曾有の大災厄”が何かは敢えて名言化されていない。つまりそれぞれが考えて正解を導き出してほしいという、神山からのメッセージに他ならないだろう。

 問題を先送りにして保身を図る姿勢を、「夏休みの宿題を終わらせることができず永遠に8月31日を繰り返している」と比喩した題名もシャレが利いていて、実に神山らしい。スズシロウが行動を共にするテロリスト集団の名前は“831戦線”で、主要な登場人物はスズシロウ、なずな、芹と、春の七草で繋がっているなど、神山作品においてはこうしたネーミングの“意味深さ”も、視聴者を惹きつける要素として重要な役割を果たしている。

 また、『攻殻機動隊』では“笑い男”や“個別の11人”、『東のエデン』では、主人公がテロリストとして嫌疑を掛けられるなど、神山作品にはテロリストが登場することが度々ある。決して悪逆非道な集団ではなく大きな権力に立ち向かう存在として描かれるが、それは様々ある正義のうちの一つで、その正義が正しいかどうかは最終的に視聴者の手に委ねられる。『永遠の831』でも、永遠の8月31日を終わらせるか否か、最終的にはスズシロウにかかってくる。そこでスズシロウが導き出す答えとは? ほろ苦い口当たりながら、きっと爽やかな後味を残してくれるだろう。

 また、『東のエデン』との共通項がいくつか感じられたのも興味深い。『永遠の831』のスズシロウは新聞奨学生で、『東のエデン』の主人公・滝沢朗もまた新聞配達のアルバイトをしている。かつては学生のアルバイトといえば、新聞配達が定番だった。まだ大人ではないが、社会生活の一端を担っていることから子どもでもない。そうしたモラトリアムな状態が、新聞配達員という形で表現されている。さらに『東のエデン』では、“ノブレス・オブリージュ”という言葉がたびたび登場するが、『永遠の831』でも“問題を先送りにした者たちは、自分たちの責任を果たすべきだ”との犯行声明が、政治家たちに送られる。“持つ者には重い責任があり、持たざる者にはそれを監視し、正す義務がある”という、ノブレス・オブリージュの精神が一貫している点も、神山作品の根底に流れる特徴かもしれない。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「アニメシーン分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる