『舞いあがれ!』福原遥が引き継いだ伝統と呪い 朝ドラで繰り返す“父の死”が意味するもの

『舞いあがれ!』父との死別が意味するもの

 また、戦時下を描く機会の多い朝ドラでは、父の死の遠因として戦争が描かれることが多かった。

 1990年代以降の時代が描かれる『舞いあがれ!』では、9.11やイラク派兵といった2000年以降の戦争は劇中で描かれていない。その代わり強調されているのがIWKURAの工場を経営危機に追いやるバブル崩壊とリーマンショックの余波によって押し寄せてくる不況の荒波だ。

 その影響で社員が仕事を失い父が亡くなる様子を見ていると、これは経済活動の姿をした戦争なのだと感じる。

 『あまちゃん』が2011年の東日本大震災を描いた時、朝ドラがこれまで描いてきた戦争の描き方を踏襲していると感じた。同じことは『おかえりモネ』にも言えるだろう。

 対して『舞いあがれ!』では、1995年の阪神淡路大震災や2011年の東日本大震災といった自然災害は描かれなかった。メイン脚本家の桑原亮子は阪神淡路大震災を精神科医の視点で描いた『心の傷を癒すということ』(NHK総合)を手掛けていたため、当初は意外だったが、平成不況の荒波を戦争のように描く『舞いあがれ!』を観ていると、桑原の視点は経済にあったのかと納得する。

 また、朝ドラに登場する父親は、主人公にとって社会的立場を背負った大人の男の象徴でもある。

 そんな大人の男たちが支えてきた社会が、男たちによって徹底的に破壊されてしまうのが戦争なのだということを、朝ドラは徹底的に描いてきた。

 『舞いあがれ!』における戦後日本の復興を象徴した町工場の経営危機と浩太の死は「失われた30年」と呼ばれた平成に起こっていた“経済”戦争が招いた焼け野原であり、戦後日本社会における男らしさの失墜を描いているとみることも可能だろう。

 それがわかっているからこそ息子の悠人(横山裕)は、早く工場を売って損切りしろ(過去と決別し、新しい生き方を探そう)と言っていたのだが、逆に娘の舞は父の意思を引き継ごうとした。

 父が守ってきた伝統を娘が引き継ぐ場面が『カーネーション』などの朝ドラでは描かれてきた。だが、父(とその背後にある男社会)から受け継ぐものは美しいものだけではなく「有害な男らしさ」と言われるような「呪い」も含まれる。

 舞が「お父さんそっくりだ」と取引先から言われる場面が『舞いあがれ!』にはあるが、亡き父の仕事と意思を娘が引き継ぐことで、男社会の呪いを解いて、新しい価値観を生み出すことはできるのか? これは朝ドラだけでなく、全世界で起きている課題である。 

■放送情報
NHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
出演:福原遥、横山裕、高橋克典、永作博美、赤楚衛二、山下美月、目黒蓮、長濱ねる、高杉真宙、山口智充、くわばたりえ、又吉直樹、吉谷彩子、鈴木浩介、高畑淳子ほか
作:桑原亮子、嶋田うれ葉、佃良太
音楽:富貴晴美
主題歌:back number 「アイラブユー」
制作統括:熊野律時、管原浩
プロデューサー:上杉忠嗣
演出:田中正、野田雄介、小谷高義、松木健祐ほか
主なロケ予定地:東大阪市、長崎県五島市、新上五島町ほか
写真提供=NHK

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