柳楽優弥の静かな“狂気”が滲む 疑心暗鬼の壮絶ヴィレッジスリラー『ガンニバル』

柳楽優弥の“狂気”が滲む『ガンニバル』

 本作は、原作読了済みの筆者としても、物語の軸となってくる村を支配する一族「後藤家」の敷地の再現度が高かったり、“あの人”も想像以上に漫画通りのビジュアルだったり、驚かされることが多々ある。ただ、特筆すべきはまず主演の柳楽優弥が静かに見せる“狂気”だ。村にやってきたばかりの阿川大悟は人当たりもよく、警察官としても信念を持つ主人公。しかし、強気の村人に脅されたり銃を向けられたりしても、決して取り乱すことはない。原作漫画では彼の心の声がセリフとして読めるため、そういう場面での驚きや戸惑いを簡単に知ることができる。しかし、ドラマ版はそれが削ぎ落とされているからこそ、全然ビビらない彼の豪胆さと最強っぷりに驚くことになるだろう。ただ、それが肝になっているのだ。繊細な柳楽の表情や声色、いざという時にとる行動から私たちは本当の意味で大悟という主人公を知っていく。彼が都会から遠く離れた山間の供花村に赴任してきたことにも理由があって、徐々に見えてくる様々な真相が、このドラマの面白いところだ。

 そう、本作に“正しい”人間はほとんどいない。漫画よりもドラマ版で活躍の場が増えた大悟の妻、有希(吉岡里帆)がその中でも唯一と言っても良いほど変わらない倫理観を持ち続けるキャラクターではあるが(彼女の名前が「のぞみがある」という意味なのも良い)、基本的に本作は誰もが自分の大切なもののためなら一線を超えてしまう、そんな人間の本質や業を描くのである。村を支配する後藤家の次期当主・後藤恵介も、その一線の上で揺ぐ重要な人物。演じる笠松将の演技にも説得力があり、味方なのか、敵なのかわかりきらないミステリアスなキャラクターとして仕上がっている。裏切りに、噂、嫌がらせ、脅迫……。村という小さな社会で巻き起こる事件の数々に、大悟だけでなく視聴者である我々も疑心暗鬼になってしまうはず。

 村を舞台にしたヴィレッジスリラー作品は、アリ・アスター監督の『ミッドサマー』にM・ナイト・シャマランの『ヴィレッジ』然り、近年常に一定の人気を保っている。その理由の一つは、やはり閉鎖的で物語を運ばせやすい舞台設定として魅力的だからだろう。日本だけでなく、もしかしたら世界のどこかにも本当にあるかもしれない……くらいの絶妙なリアリティがありつつ、自分の“常識”が通用しない場所。独自のルールが築かれている意味で、ある意味“独立国家”的な要素もある。そのため、そこを訪れる読者に近い考えを持つ異邦人(主人公ら)が圧倒的に理不尽な理由で裁かれたり、とにかく酷い目にあったりするのだ。「話が通じない」「考えが理解できない」、我々人間が本質的に恐怖を覚える対象とはそういった相手であることが本作の序盤では色濃く描かれる。異なる倫理観を持つ相手に囲まれる環境の中で、徐々に自分のそれすら信じられなくなってしまうことへの恐れ。それゆえに、自分の考えを正当化しようと私たち視聴者ですら村の住民たちが「間違っている」と、“悪者”として捉えて本作を見進めていくかもしれない。しかし、本当に気づくべきことは、村の人々には純粋に彼らなりの価値観があって、それぞれがただ“違う”だけなのだ。その違いをまず認めること、その難しさを主人公に対してだけでなく視聴者に対しても挑戦してくる。

 本作が提示するものは、人の持つ真の恐ろしさだけではない。最終的には「慣習と呪い」「親と子供」「過去と未来」と普遍的なテーマをはらんだヒューマンドラマに繋がる。だからこそ、本作が傑作として評価されたのだ。血生臭いことも、肝が冷えそうになることも、人間の業を真正面から描きつつ、次から次へと謎が謎を呼ぶストーリーテリングに一気に引き込まれる『ガンニバル』。村への移住を考える人はぜひ、というのは冗談半分だが、恐怖要素に捉われず多くの人に観てもらいたい一作である。

■配信情報
『ガンニバル』
ディズニープラス「スター」にて、12月28日(水)独占配信
出演:柳楽優弥、笠松将、吉岡里帆、高杉真宙、北香那、杉田雷麟、山下リオ、田中俊介、志水心音、吉原光夫、六角精児、酒向芳、矢柴俊博、河井青葉、赤堀雅秋、二階堂智、小木茂光、利重剛、中村梅雀、倍賞美津子
原作:『ガンニバル』二宮正明(日本文芸社刊)
監督:片山慎三、川井隼人
脚本:大江崇允
プロデューサー:山本晃久、岩倉達哉
©2022 Disney

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