『冬薔薇』伊藤健太郎×阪本順治監督の濃密な対話 傷つくにつれあどけなくなる顔貌

 船長(小林薫)と沖島機関士(石橋蓮司)が夜に、船室で酒を酌み交わすシーンを見ながら――

阪本「小林さんが蓮司さんとこうして芝居を交わしていると、うれしそうな感じでね。自分より先輩と芝居を交わす機会も少なくなってきたから」
伊藤「食事をご一緒させていただいたとき、蓮司さんがおっしゃっていたんです。“薫が入ってくれてさぁ”って」
阪本「それ、たしか第七病棟に小林さんが手伝いに行ったことだよ」(注:石橋蓮司主宰の劇団、第七病棟の1976年公演『ハーメルンの鼠』に小林薫が客演したこと)
伊藤「“だから今回また一緒にやれてうれしいんだよ”って。そのとき僕はただそばにいただけですけど、なんかそれを聞いただけで勝手に自分までうれしくなってきたんですよ。その場の感じを見ていられることじたいが」
阪本「どっちかということやな。あなたみたいにそういう話を聞いて面白がれるか、早く帰りたいと思うか、どっちかやね」
伊藤「ワハハハ」
阪本「あなた、年長者が好きやもんね」
伊藤「そっちの方が落ち着くんですよ」

 こんな会話の一端からも、阪本監督が初めて一緒に組んだ伊藤を愛おしく思い、どんなに酷い性格の青年役を当てたのだとしても、そこに尋常ならざる愛情をこめて演出したであろうことを、私たち受け手は容易に推測することができる。このような濃密な会話が映画の上映時間たっぷりに副音声に収録されている。

 映画のもたらす快楽とは、なにゆえこれほど多様かつ豊饒なのだろうか。若い頃に観た映画の感動と、歳を経てから同じ作品から受ける感動はまったく異なる。主人公・淳を演じた伊藤自身、数年後、数十年後にこの『冬薔薇』を見返したときに、また異なる感慨を催すことだろう。しかしとにかく今は、真冬の横須賀港の凍てついた空気を、気落ちした主人公の頭上にパラパラと舞う粉雪を、去り行く人の後ろ姿を、走り去る車の助手席の女の横顔を、私たち受け手は動揺を隠しもせずに受け止めるのみである。

 ガット船「第十八渡口丸」の跡目を淳は継ぐのか、継がないのか。ある真夜中、港の淵から「第十八渡口丸」の威容を見上げる淳の姿があった。このナイトシーンを観ながら――

伊藤「このナイトシーンで僕はクランクアップでしたよね」
阪本「そう。ラス日になんとなく名残惜しいから、なんか思いつこうと思って、台本にないシーンを付け足した」
伊藤「(笑)」
阪本「前の日に、ただで終わらせるかと思ってね。淳が船に上がろうかどうかと考えているワンカット。結局、船というのは父性の存在として感じられているわけだよね」
伊藤「ただの船ではないんですよね……」

  “ただの船ではない”――伊藤健太郎は自身のクランクアップとなるカットを改めて見つめながらそうつぶやき、『冬薔薇』という映画に関わったことの意味を噛みしめているようである。実際、この映画を観る私たち受け手にとっても、ガット船「第十八渡口丸」は単なる船ではない。船というものは、時にまっすぐ力強く進み、時には難破船となって闇の水面を寄る辺なくさまよう。淳にとって船とは子ども時代から進路の前に立ち塞がる巨大な壁であっただろうし、愛と反発心のないまぜで見つめ続けた父性というものの象徴だっただろう。ゆりかごのようであり、壁でもある。考えてみれば、私たちの人生にもそれに当たるゆりかご/壁は存在すると思う。そういう存在を『冬薔薇』という映画は巨大な鋼鉄の塊として現前させた。この圧倒的な現前ぶりこそ、映画芸術というもののなせる離れ業ではないだろうか。

■リリース情報
『冬薔薇』
12月2日(金)Blu-ray&DVD発売
Blu-ray:6,380(税込)
DVD:4,290(税込)

【仕様】
本編:約109分
【Blu-ray特典】
映像特典(72分)
・メイキング(41分7秒)
・完成披露上映会(14分10秒)
・初日舞台挨拶(15分16秒)
・劇場予告編(60秒)
■音声特典
・伊藤健太郎×阪本順治監督 オーディオ・コメンタリー
■印刷特典
・伊藤健太郎×阪本順治監督 直筆メッセージ(印字)

出演:伊藤健太郎、小林薫、余貴美子、眞木蔵人、永山絢斗、毎熊克哉、坂東龍汰、河合優実、佐久本宝、和田光沙、笠松伴助、伊武雅刀、石橋蓮司
脚本・監督:阪本順治
製作総指揮:木下直哉
プロデューサー:谷川由希子、椎井友紀子
アソシエイトプロデューサー:座喜味香苗
音楽:安川午朗
音楽プロデューサー:津島玄一
撮影:笠松則通
照明:渡邊孝一
録音:照井康政
美術:原田満生、我妻弘之
編集:普嶋信一
衣裳:岩﨑文男
ヘアメイク:豊川京子
装飾:徳田あゆみ
擬斗:二家本辰己
マリン統括ディレクター:中村勝
音響効果:小島彩
助監督:小野寺昭洋
製作担当:米田伸夫
製作:木下グループ
配給:キノフィルムズ
発売元:キノフィルムズ/木下グループ
販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング
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