『ストレンジ・ワールド』がいま公開される意義 描かれた家族3世代の考え方の違い

『ストレンジ・ワールド』が描く重要なテーマ

 そんな狂奔する社会の流れに対して、一部で反発を見せているのが、世界中の若い世代である。ドキュメンタリー映画『気候戦士 ~クライメート・ウォーリアーズ~』(2018年)で紹介されているように、温暖化の警鐘を鳴らしているのは、その象徴的な存在となっているグレタ・トゥーンベリだけでない。環境を引き継いでいく未来ある世代が、いまの大人たちのモラルを逸脱した行動に異議を唱えるのは、ある意味で当然のことだ。

 本作は、このような思想の変遷が投影された、家族の3代の考え方の違いと、イーサンに託された、環境を考える若者たちの意見をアニメーション作品のかたちで発信するという役割を引き受けているように感じられる。そして本作の構図は、ただこの三者三様の意見を併記しただけのものではないはずだ。なぜなら、もしイーサンの意見が無視されれば、全部が共倒れしてしまうからである。冒険も、経済的繁栄も、環境が崩れてしまった後には成り立たない。だからこそ、本当に家族の幸せや子孫の幸せを望むのであれば、考えの異なる人々が譲歩し、連帯する以外にない。

ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界

 また、イーサンが男の子と淡い恋愛関係にあるという設定も、本作の未来志向を表すものだ。ピクサー映画『バズ・ライトイヤー』(2022年)でも同性愛者が登場し、その部分が物語のなかで大きな意味を持たないように、本作でも、誰ひとりイーサンの性的指向に意義や違和感を差し挟むキャラクターは出てこない。だからイーサンが、差別に遭ったり悩む姿が描写されることもない。

 昨年、DCコミックスのヒーローコミック『スーパーマン』の新作で、スーパーマンの役割を受け継ぎ主人公となる、クラーク・ケントの息子ジョン・ケントが、バイセクシャルだと発表された際、アメリカを中心に、日本でも大きな反響が起こった。そのなかには、「無理に性的少数者やポリティカル・コレクトネスに配慮している」、「設定に必然性がない」などの否定的意見もあった。

 しかし、社会にはさまざまな性的指向を持つ人々がすでに存在していて、ヒーローがそういった性質を持っていることに、何ら不思議はないはずである。そして、何らかの伏線や必然性がなければ、性的少数者を登場させる意味がないというのは、差別意識の表れだとしか考えようがない。なぜなら、これまで多くの創作物は、何の必然性も伏線もなく異性愛者を登場させてきたからである。

ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界

 イーサンは、同じ年代の思春期の子どもたちと同様、自分の恋愛を家族に語ることを避けているが、その対象が同性であることについては、何もためらいを感じていない。そんなことは何も気にしなくていいし、悩む必要もない、とやかく文句をつける側の方が異常なのだということを、本作は示している。このように、世界の人々、多くの子どもたちが観ることになるディズニー・アニメーション作品のなかで、多様な性的指向があるがままに描写されることは、人々の意識を変え、性的少数者を助けることに繋がるはずだ。

 近年のディズニー・アニメーション映画で、とくに重要な仕事を手がけてきている人物に、ドン・ホールがいる。『ベイマックス』(2014年)、『ラーヤと龍の王国』(2021年)で監督を務め、『モアナと伝説の海』(2016年)でも原案を担当しているなど、大作の核となる役割を果たしている俊英。そして、本作で共同監督を務め、脚本を手がけているのが、『ラーヤと龍の王国』でも脚本を書いた、クイ・グエンだ。

 「『ラーヤと龍の王国』にみたディズニーの変化 革新的な作品となった理由を解説」でも書いたように、この映画は、世界の人々が、自分たちの考える正当性や欲望のために分断され、争い合っているという問題を描き、そんな壁を乗り越えて手を携える姿を見せることによって、未来の世代に希望を繋ぐ内容となった。この公開後、ロシア軍によるウクライナへの侵攻が始まってしまったことは、『ラーヤと龍の王国』が、いかに重要なテーマを描いていたのかということを証明している。

ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界

 その意味において、本作『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』は、また別の角度から、いま最も必要なテーマを提示した作品になったといえるだろう。それは、多国籍企業として巨大化し、ある意味で国家ほどの大きな力を持つことになったディズニーにとって、責任を果たす行為であり、思想的な部分でもアニメーション界のトップに立つという姿勢の表れである。ドン・ホールやクイ・グエンのような才能が作品に携わり、未来志向の意志を見せてくれる限り、ディズニー・アニメーションの方向性は支持できると、筆者は考えている。

 本作に登場する重要な作物「パンド」は、「“パンドラ”の箱」が開かれ、さまざまな厄災が降りかかるようになった、ギリシア神話の一部を思わせる。そして人々が暮らす「アヴァロニア」とは、アーサー王伝説に記された幸福の島「アヴァロン」を想起させる。神話によると、パンドラの箱の中には「エルピス」が残されたといわれているが、それは「希望」とも、「さらなる厄災」とも解釈されてきたようだ。世界に「厄災」ではなく「希望」を広げられるか、世界を未来の人々にとっての「幸福の島」に変えることができるか。その行方は、われわれの行動にかかっているのだ。

■公開情報
『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』
全国公開中
監督:ドン・ホール、クイ・グエン
製作:ロイ・コンリ
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2022 Disney. All Rights Reserved.
公式サイト:Disney.jp/StrangeWorld

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