『silent』は単なる“美しい物語”ではない 何度も見返すことで深まる解釈

『silent』今一度考え直す言葉の重み

 「週1の楽しみになればいい」ーー木曜劇場『silent』(フジテレビ系)は、放送前に抱いていた私の願いを初回放送で当然のごとく超えてきた。今、私は、ほぼ毎日のように『silent』のことを考え、隙あらば見逃し配信を繰り返し観ている。

 FODやTVerでの見逃し配信の再生回数が歴代最高を記録し、お気に入り登録者数190万人、番組公式Twitterのフォロワー数47万人という数字を見ると、どうやらこのドラマに惹きつけられているのは、ごく一部の人間だけではないということがわかる。(※)

 なぜ、私たちはこれほどまで、このドラマに惹きつけられるのかその魅力を考察したい。

単なる美しい物語では終わらせない、制作陣の意志

 主人公・紬(川口春奈)が、本気で愛した高校時代の恋人・想(目黒蓮)。8年ぶりに再会した想は“若年発症型両側性感音難聴”を患い、ほとんど聴力を失っていた。『silent』は、そんな現実と向き合いながらも、寄り添い、乗り越えていこうとする姿を描くラブストーリーだ。

 今をときめく俳優・川口春奈と目黒蓮のタッグに加え、脚本は第33回フジテレビヤングシナリオ大賞を受賞した生方美久、演出は『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(テレビ東京系)や『うきわ ―友達以上、不倫未満―』(テレビ東京系)の風間太樹とスタッフ陣も豪華。この情報だけで、放送前から期待を寄せていたドラマファンは多かったように思える。

 筆者は、その高すぎる期待を見て、一視聴者として静かに緊張すら覚えていたのだが、いざ放送が始まると、そんな不安は他所に世田谷代田で繰り広げられる『silent』の世界観へと引き込まれて行った。

 その理由の1つは、聴者である紬と、ろう者になってしまった想の再会を、美しさだけで描いていない点にある。「音のない世界でもう一度“出会い直す”」という紹介文から美しく儚い物語を想像していたため、時折見られる登場人物たちの葛藤に単なる物語としない現実味を感じた。

 例えば、第1話のラストで描かれた2人が対面するシーン。事情がわからず話しかける紬に、涙を堪えながら捲し立てるような手話で対応する想。もしも2人の再会を美しく描くのなら、想は第2話以降での紬との会話でそうしたように、冷静に対話するために音声入力のアプリを差し出し、紬の言葉に耳を傾けながら自分の置かれている事情を説明しただろう。しかし、あえて手話で対応したのは「もうわかりあえないのなら、一緒にいるべきではない」と思い込んでいる想の苦しみを表現するためだったのではないだろうか。

 そして、それに対する紬の対応も考えさせられるものがあった。「わからないよ」と涙を浮かべたり、想の手を抑え込んだり、筆談を提案したり……。少し考えたらタブーとも思えるような行動を咄嗟にとってしまっていたことが、妙にリアルで美しい物語だけでは終わらせないとの思惑を感じたのだ。

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 少し話はずれるが、作中に出てくる皮肉っぽい性格の手話教室の講師・春尾(風間俊介)の存在からも似たような意志を感じる。例えば、居酒屋で居合わせた湊斗から「人が良さそうですもんね」と言われた春尾が「そういう刷り込みがあるんですよ。偏見っていうか。(中略)絶対いい人なんだろうなって勝手に思い込むんですよ。ヘラヘラ生きている聴者の皆さんは」とコメントするシーン。無自覚な偏見に対して、歯に衣着せぬ春尾の言葉をあえて差し込んだのも、単なる美しいラブストーリーで終わらせまいとの製作陣の覚悟だろう。また、このような現実に引き戻すシーンが時折あることで想と紬、そして湊斗の幸せが、どこに終着するのかが想像できないのも、また良さだ。

展開を知った上で見返すと印象が変化

 このドラマに対して、SNSではたびたび“丁寧に作り込まれている”と評されているが、その理由は大きく分けて2つある。

 まず1つは、初見と見返した時で変化する、それぞれのシーンに隠された意図だ。

 例えば、第3話で紬の家を訪れた想と、湊斗(鈴鹿央士)が8年ぶりに再会するシーンでの一幕。耳が聞こえない想の背中に向かって、湊斗はキッチンからあの頃と同じように「想」と名前を呼びかけるのだが、想は当然反応しない。それを受けて、湊斗はテレビの電源を決して、再びキッチンへ。最初は誰も見ていないから、電源を消した程度にしか思わなかったこのシーンだが、後に紬に「名前を読んで振り返ってほしかっただけなのに」と想の病気を受け止められないことを告げたのを知ってから見ると、湊斗は想が呼びかけを無視する理由をテレビのせいにしたかったのかもしれないと考えさせられる。

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 また第4話で想が湊斗に「一緒にいたの彼女?笑」と湊斗からそうされたようにメッセージし返すシーン。ここで湊斗は「彼女だよ」と画面に向かってつぶやくも、返信しない。このときはスルーしてもいい当たり前の話題がゆえに流しているだけなのかと思ったが、後に湊斗が紬に別れを告げたことを知った上で見返すと「彼女だよ」と自信を持ってテキストで返せないからかもしれないと思い直してしまった。

 このように後の展開を知った上で見返すと、全く違う印象を受けるシーンが盛り込まれているのが『silent』のおもしろいところ。こういったところが視聴者の繰り返し観たい欲にも繋がっているがゆえ、見逃し配信の再生回数を伸ばしているのだろう。

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