『キャシアン・アンドー』が表現する深い陰影のあるテーマ 自由で挑戦的な内容を考察

『キャシアン・アンドー』は挑戦的な作品に

 『ローグ・ワン』では、帝国軍が銀河を席巻していく状況のなか、過激な革命家ソウ・ゲレラ(フォレスト・ウィテカー)が、「銀河じゅうに帝国軍の旗がはためくのを、お前は耐えられるのか?」と、ジン・アーソ(フェリシティ・ジョーンズ)に質問する場面がある。その頃、まだ革命運動に懐疑的な印象を持っていたジン・アーソは、「旗を見なければいい」と答えるのだった。

キャシアン・アンドー

 このジン・アーソの他人ごとのような態度は、本シリーズにおいて、帝国軍に抗うことに大きな意義を見出せていないアンドーの状態に重ねられるだろう。この時代の『スター・ウォーズ』における帝国の台頭は、現実の世界でいえば、ナチスドイツがヨーロッパ諸国を席巻している最中のようなものだ。多くの星々がその占領下となるなかで抵抗運動を行うことは、大きなリスクをともなうのは間違いない。帝国のやることに反感を持っていたとしても、惨状に目をつぶり、被害の声に耳を塞いで恭順の態度を示していれば、少なくとも殺されたり逮捕されることはないのである。自分の命が大事なら、長いものにまかれるのが賢い生き方だ。

 しかし、本当にそれでいいのか。帝国軍はもちろん反乱軍からすら、過激な活動で疎まれていたソウ・ゲレラは、ジン・アーソに「夢を救え! 反乱軍を救え!」と、自分の生涯の想いを託した。銀河を支配し、弱者たちを思うままに蹂躙する者たちから民主的な世界を取り戻すことが、ゲレラの夢だったのだ。自分の心に嘘をついて強者の横暴を許すのではなく、夢のために命を燃やし戦ってこそ、生きる価値があるという考え方だ。『ローグ・ワン』は、そのような者たちが、黒澤明監督の『七人の侍』(1954年)における、農民たちを救うために決死のはたらきをした侍たち同様の覚悟で戦った姿を描いたのである。

キャシアン・アンドー

 そんな、『ローグ・ワン』の魂の象徴となるソウ・ゲレラは、本シリーズの後のエピソードで登場することとなる。名優フォレスト・ウィテカーの演技力とともに、その悪名を轟かせることとなる活躍にも注目したい。

 革命の意志を引き継ぐ、ソウ・ゲレラとジン・アーソの関係は、本シリーズでは、ステラン・スカルスガルド演じる謎の人物と、アンドーとの間で再現されるかもしれない。反骨精神にあふれているアンドーだが、汚い仕事を引き受けてまで帝国軍にダメージを与えようとするようになる、『ローグ・ワン』での彼のキャラクターが、物語が進むなかで、徐々にかたちづくられていくのだろう。アンドーは、死地へと向かう「ローグ・ワン」の面々をまとめるため、皆に語りかけた。「もし、ここであきらめてしまえば、自分と向き合えなくなる」と。彼の信念のスピーチは、『ローグ・ワン』の精神がたどり着く境地でもある。

キャシアン・アンドー

 それに引き換え、本シリーズで披露される、企業プリオックスの主任シリル・カーン(カイル・ソーラー)が、アンドーを逮捕するべく集まった部隊にスピーチする様子は対照的なものに映る。彼はただ、生真面目に職務を遂行することが美徳であるという、官僚的な考えを強調するだけなのだ。そんな言葉をもらったところで、リスクを負う隊員たちの心が動くことは全くなかった……。

 このシリル・カーンの人物造形が面白い。彼は帝国軍の注意を引きたくないと言う上司に逆らってまで、異様な情熱で殺人事件の真相を追っていく。その心情のなかには、彼なりの正義感が含まれているのだろうが、そこに説得力がないのは、とにかく組織の秩序を守ることが正義のはずなのだという、彼の頭の中の思い込みを強く感じてしまうからである。だから彼のスタンドプレーが原因で、新たな被害が出てしまったときの、あっけにとられて事態に対処できなくなった表情は、彼の空虚さや覚悟のなさを象徴しているといえよう。

 ここで思い出すのは、現実の世界で全体主義を研究した哲学者ハンナ・アーレントが指摘した、「凡庸な悪」の存在である。人種差別と全体主義に陥ったナチスドイツが、国内外のユダヤ人を大勢殺害する「ホロコースト」を起こしたことは、説明するまでもない。この問題についてアーレントは、歴史的な犯罪行為に手を染めた人々の多くは、悪魔的な人物だったわけではなく、規範を重んじて思考を停止した状態にあったと分析したのだ。

 もちろん、だからナチスドイツの加害者たちが免罪されるということではない。むしろ恐ろしいのは、もともと快楽殺人者でない“普通の人々”が、残虐な行為をできてしまえるということである。むしろ、この時点でのシリル・カーンのように、自分自身の哲学を持たず規範を守ることを第一に考えるような、真面目でナイーブに見える人間こそ、この状況下では暴走してしまうのではないか。

キャシアン・アンドー

 アンドーを追う組織が、帝国軍でなく大企業の部隊であることも注目すべき点だろう。戦争が起こると、それを「特需」ととらえる企業が利益をあげようと、殺人に手を貸してきたことは歴史的事実だ。ナチスドイツが戦争を始めた頃、国内の企業が装備の製造や兵器開発に尽力したのはもちろん、意外に思えるだろうが、アメリカの一部企業までもが協力していた事実があるのだ。これもまた、目先の利益にとらわれて、ものごとを正しく判断することのできない者たちの存在を明らかにしている。

 だが、第3話で帝国軍に協力する企業に対する敵意や、街の人々の反抗的な態度が描かれるように、一方では権力をバックにした者たちの傲慢で横暴な態度への不満や怒りが、たまりにたまっている状況も描かれる。本シリーズは、この後も、心ある住民たちによる、銀河を覆い尽くそうとする帝国軍への反発が描かれていくのだろう。

キャシアン・アンドー

 映画『ローグ・ワン』完成に向けて、製作途中から指揮をとったとされる、トニー・ギルロイ。彼が中心となって手がけている『キャシアン・アンドー』は、おそらくこのように、自分の頭で善悪を判断する者たちと、大きな力に縛られる者たちとの違いを、『ローグ・ワン』よりもさらに突きつめて明らかにしていく作品になりそうだ。キャシアン・アンドーという、渋いキャラクターだからこそ表現できる、深い陰影のあるテーマを噛み締めたい。

■配信情報
『キャシアン・アンドー』
ディズニープラスにて独占配信中
©︎2022 Lucasfilm Ltd.

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