『ONE PIECE』の世界を揺さぶる問題作『FILM RED』 ウタの言う「新時代」の意味とは
ウタは「ウタウタの実」の能力の持ち主で、彼女の歌を聞いた人々はウタワールドという夢の世界に閉じ込められ、現実世界では眠った状態になってしまう。ウタワールドに閉じ込められた人々はウタが眠ることで開放されるのだが、彼女は食べた者は眠らなくなるが、命の危険があるネズキノコを食べ続けていた。ウタの目的は「新時代」を作ることで、彼女が死ぬことでウタワールドに閉じ込められた人々は意識だけの存在となり、幸せになるというのが彼女の考えだ。つまり、ウタは配信ライブを通して集団自殺を引き起こそうとしており、ウタワールドから脱出するために、ルフィはウタと戦うことになる。
ウタの行動は狂気に満ちており、最初は楽しい音楽ライブだと思っていたら、いつの間にか狂気の世界に引きずり込まれるという展開は驚愕だ。とはいえ、この反転自体は『ONE PIECE』の基本パターンである。たとえばドレスローザ編は、始めは生きているオモチャが歩き回る楽しい国の話として始まるが、実はそのオモチャたちは国に逆らった人々が変身させられた姿だったことが後にわかる。その意味で『FILM RED』は『ONE PIECE』から大きく逸脱した物語というわけではないのだが、ウタの正体以上にショックだったのは、ウタを支持するファンの多くが海賊の被害者でルフィも含めた海賊の存在を強く憎んでいたことだ。
ウタの言う「新時代」とは「海賊のいない時代」のことで、それはそのまま『ONE PIECE』とルフィの全否定である。さすが谷口監督「痛いところを突くなぁ」と感心した。
『ONE PIECE』では、麦わらの一味が立ち寄った国で、国民を苦しめる支配者たちと戦うという物語が繰り返されている。麦わらの一味は困っている人たちの味方で、ルフィたちが戦う姿に鼓舞されることで、虐げられている弱者が戦う決意をする瞬間が『ONE PIECE』では感動的な場面として繰り返し描かれてきた。その意味で本作は、戦う意思のある者にとっては居心地の良い世界である。だが、そうやって戦えるのは一部の者でしかなく、海賊の戦いに巻き込まれて犠牲になっている人々がこの世界には多数いて、彼らは海賊の存在自体を強く憎んでいる。そんな「戦えない弱者」を救おうとしているのがウタなのである。
最終的に物語は、ウタのトラウマを解消するという内面の物語になってしまい「戦えない弱者」というテーマは宙ぶらりんのまま終わってしまう。その意味でテーマは斬新だが物語が追いついていなかったというのが『FILM RED』に対する評価なのだが、それでも海賊の存在自体を憎む「戦えない弱者」の存在を示せたのは『ONE PIECE』の世界観を広げる上で、大きな一歩だったのではないかと思う。
今後、漫画本編か劇場映画で「戦えない弱者をどう救うのか?」というテーマが、引き継がれることを期待している。
■公開情報
『ONE PIECE FILM RED』
全国公開中
原作・総合プロデューサー:尾田栄一郎(集英社『週刊少年ジャンプ』連載)
監督:谷口悟朗
脚本:黒岩勉
音楽:中田ヤスタカ
キャラクターデザイン・総作画監督:佐藤雅将
声の出演:田中真弓、中井和哉、岡村明美、山口勝平、平田広明、大谷育江、山口由里子、矢尾一樹、チョー、宝亀克寿、名塚佳織、Ado、津田健次郎、池田秀一
主題歌:「新時代 (ウタ from ONE PIECE FILM RED)」Ado (ユニバーサル ミュージック)
配給:東映
©尾田栄一郎/2022「ワンピース」製作委員会
公式サイト:https://www.onepiece-film.jp