『石子と羽男』はリーガルドラマを更新する 法律家の脱ヒーロー化と事件主体への転換

『石子と羽男』はリーガルドラマを更新する

 裁判を起こす。そう聞くと、何かとんでもないことをしでかしたと思われがちだ。一般的に訴訟といえばやっかいな面倒ごとに巻き込まれるという認識があり、裁判には負のイメージがついて回る。

 『石子と羽男ーそんなコトで訴えます?ー』(TBS系)は、私たちが司法に対して抱く先入観を覆すドラマだ。スマホゲームへの課金、ファスト映画や電動キックボードによる事故まで、身近な目新しいトピックを題材に、事件とその裏に隠された人間模様を解き明かす本作は、リーガルドラマの新しい方向性を指し示している。

司法制度改革を反映

石子と羽男ーそんなコトで訴えます?ー

 弁護士、裁判官、検察の法曹三者を主人公に据えるリーガルドラマは、法廷ものとも呼ばれる。個性豊かな法曹たちの活躍は、事件解決のカタルシスと人間に対する深い洞察を備え、一定の支持を得てきた。かたや現実の世界では、2000年代以降、司法制度の抜本的な改革が行われてきた。これには、民事法分野の現代語化・改正や刑事事件における裁判員裁判の導入、争点整理手続など裁判の迅速化、法テラス、法科大学院の設立が含まれる。一連の改革によって法曹人口が大幅に増加した反面、格差拡大による二極化も進み、当初の想定になかった事態も生じている。

 『石子と羽男』はこれらの変化を反映している。石子こと石田硝子(有村架純)は東大の法科大学院を主席で卒業したが、司法試験は4連敗中。弁護士の父・潮綿郎(さだまさし)が経営する潮法律事務所でパラリーガルとして働いている。現行の司法試験では、法科大学院を終了すると5年間で5回受験資格が与えられる。司法試験に「受からない」のではなく「受けない」と言い張る石子が、5回目の受験に挑戦するかは定かではないが、崖っぷちの状況と言えるだろう。

 また、経済的理由で法科大学院に進学できない受験生のため、平成23年度から法科大学院修了と同等の資格が得られる予備試験が実施されている。誰もが受けることのできる予備試験は社会人合格率が約1%という狭き門で、予備試験合格者は優秀層の代名詞になっている。中村倫也演じる弁護士の羽根岡佳男(羽男)は高卒で予備試験と司法試験を一発で合格しており、こと法律にかけてはかなり優秀な部類に入ると言っていい。

 石子や羽男ほど極端ではなくても、似た傾向を持つ人は実際にいる。また、弁護士の登録人数が過去最多を更新する一方で平均所得は減少しており、綿郎のような個人開業のマチ弁の中には経営難に苦しむ事務所も少なくない。『石子と羽男』の設定は、現行の試験制度と業界の実情を踏まえたものになっている。

法的思考を体現する石羽コンビ

 さらに羽男は映像記憶、いわゆる「フォトグラフィックメモリー」の持ち主でもある。しかし、たぐいまれな記憶力と引き換えに、羽男は法律家として致命的な弱点を抱えている。正真正銘の天才である羽男は、想定外の出来事に直面するとフリーズしてしまう。反対に、羽男に「頭が固い」と言われる石子はルールに厳格な優等生だが、豊富な法律知識を生かして羽男をサポートする。羽男は石子の立てたプランを頭に叩き込むことで勝利を手繰り寄せる。

 石子と羽男の石羽コンビは、法的思考の一つの側面を表している。法律は社会のルールであり、法律家の仕事は法律を使った事案解決だ。法律に事実をあてはめて結論を導く思考方法は法的三段論法と呼ばれるが、抽象的なルールと具体的な事例という異なるレベルの論理を結び付ける点に特徴がある。予備試験一発合格の秀才で抽象レベルで無双の羽男と、資格はないが困りごとへの具体的な眼差しを忘れない石子。組み合わさることで真価を発揮するコンビは、法的三段論法を体現している。

石子と羽男ーそんなコトで訴えます?ー

 これらを踏まえた上で、『石子と羽男』が従来の法廷ものと異なるのは、ドラマにおける感動の力点だ。これまでのリーガルドラマでは、天才的な頭脳やカリスマ性を持つ弁護士や検察官が、切れ味鋭い推理、または鮮やかな手腕で事件を解決に導いてきた。その過程で仲間とのチームワークや対立する当事者、弁護士・検察との関係が描かれ、クライマックスの法廷シーンでは、理路整然と自説を述べながら真相を明らかにし、情に訴える弁舌で見るものを圧倒する、というお決まりの型が存在する。このことは、法廷ドラマが探偵の活躍するミステリーや刑事ドラマのバリエーションと見なされてきたことと関係がある。

 『石子と羽男』でもこの型は踏襲されているが、決定的に違うのは法律家の描かれ方だ。検察官が主人公の大ヒットドラマのタイトルに象徴されるように、リーガルドラマで法律家はヒーローであり、そのスタンスは一貫して変わらない。これに対して、『石子と羽男』の石羽コンビは欠点あるいは問題を抱えており、事件解決によって感謝されることはあってもヒーローとして崇拝されるわけではなく、事務所の経営は相変わらず苦しい。

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