NYの奥底で暮らす母娘が星を求めて 『きっと地上には満天の星』は心震える愛の物語
少女は、ずっと自分の背中に翼が生えてくるのを待っている。虹色のキラキラした翼が生えたら、愛する母と一緒にどこまでも、彼女の好きなところに飛んでいくことができるのだ。
第77回ヴェネチア国際映画祭の国際批評家週間でプレミア上映されるなど、数々の国際映画祭で絶賛された、セリーヌ・ヘルド&ローガン・ジョージ監督・脚本による、長編デビュー作『きっと地上には満天の星』(原題:Topside)が、8月5日より日本公開される。セリーヌ&ローガンは、本作の公開後、ジョン・カーニーが総監督を務めるテレビドラマシリーズ『モダン・ラブ』シーズン2の第5話「本当の私は心理テストでわかるかも」を手掛けており、そちらも良作で有名だ。
映画の冒頭、闇の中を白いキラキラしたものが舞っている。空を舞う雪のようにも、煌めく星屑のようにも見えなくもないそれを、1人の少女が一心に見つめている。彼女が、本作がデビュー作となる新星ザイラ・ファーマー演じるリトルである。リトルはそれを、絵本で見たことがある「星」だと思った。でも、そこで星が見えるはずがない。なぜならそこは、NYの地下鉄のさらに下に広がる暗い迷宮のような空間、廃トンネルの一角だったからだ。彼女と、彼女の母親ニッキー(監督であるセリーヌ・ヘルド自身が演じている)が身を寄せ合って暮らしているその場所は、不法滞在者を排除しようとする市の職員たちに隠れ、ギリギリの生活を送っている人々のコミュニティだった。現在、NYにはホームレスの子供が約2万2000人存在するという。彼女はそのうちの1人である。
リトルは本当の星空を見たことがない。「星は(地下である)ここまでこない」から。5歳の彼女は、これまで一度も地上にでたことがなかった。母曰く「翼のある」母は、母子2人が生きていくため、毎日地上で働いているけれど、「翼が生えるまでもう少し」のリトルには「ここが安全」だから、地下にいなければならないのだ。それでも不思議と悲壮感はないのである。本当の星はなくても、彼女たちの居住スペースの頭上には、キラキラしたオブジェのような、星空のようなものが飾り付けられていて、彼女は、どこからか拾ってきた小さな“お人形”を慈しみ、時折動画を見ながら「Five Little Ducks」を口ずさむ。仕事から帰ってきたら思いっきり抱きしめてくれる母がいて、母が不在の時は、同じコミュニティの人々が優しく面倒を見てくれる。しかし、そんなささやかな幸せは、長くは続かなかった。
映画冒頭で引用されてもいる、実在した地下コミュニティへの潜入記である『モグラびと ニューヨーク地下生活者たち』(ジェニファー・トス著)をセリーヌが読んだことがきっかけで製作された本作は、トンネル・コミュニティが実際に存在していたトンネルと似た建築様式の、本物のトンネルで撮影された。ニッキー、リトルのような母子含め、社会に疎外された人々の過酷な現実を描くだけでなく、そこで暮らす人々の日々の営みの温かさが、画面上から伝わってくる。特に印象深いのが、リトルの将来を思って、ニッキーに厳しくも愛のある助言をするジョン(ファットリップ)の存在だ。