“キラキラ映画”をアップデート 『モエカレはオレンジ色』に詰まった映画的ダイナミズム

 本作におけるガールミーツボーイのベースにあるのは、古くからの少女漫画の鉄板である、歳上の異性への憧れが恋に発展するという流れである。萌衣は蛯原に亡くなった父親を重ね合わせ、守ってくれる存在に安心感を持つと同時に、大切な人をもう失いたくないという思いから自ら蛯原を守れる人間になりたいと心に決める。こうした恋愛における守り/守られるという等価交換は、一見すると女性の力が強まったことを表す現代的要素にも見えるが、それこそ『ときめきトゥナイト』の時代から少女漫画に根付いている、至極当然の成長過程の一部である。

 この萌衣というヒロインの“強さ”はそこではなく、先に述べたとおり彼女の感情が一度決めたものから微動だにしないことにある。映画として何の下準備もなくオーバートップギアまで入った萌衣の蛯原に対する恋愛感情は、急加速のタイミングこそ何度も訪れるが一度も減速する気配はない。蛯原の同僚の爽やかイケメン姫野(鈴木仁)にやんわり言い寄られてもまるで動じず、クラスメイトのイケメン・柊人(藤原大祐)が明らかな好意を見せてきてもまるで相手にしない。そして蛯原が過去に恋人を亡くし、いまだにそれを引きずっているということを知っても、不安に思う素振りひとつ見せず、すべてを許容したまま突っ走っていくのだ。

 捉え方によっては盲目的とも思えてしまうが、盲目的な恋心が無償の愛情へと発展することこそラブストーリーにおける理想である。しかも萌衣が蛯原に向ける漠然とした高校生らしい“恋への憧れ”というものは、劇中の非常に早い段階で咀嚼され尽くし片付けられる。バーベキューの際にはっきりと想いを伝えるものの振られてしまう萌衣(このシーンのカメラワークは非常に不安定であまり評価できないが)。家に帰ってきた彼女は部屋のベッドに横たわりながら小さく一言「楽しかったぁ」と呟く。ここですでにヒロインの変化は始まり、それでも蛯原への想いを諦めないことを選択したことで、恋の楽しみから卒業した次の段階へと向かう覚悟が生まれたことを証明する。

 本作のような女子高生と成人の恋愛模様という題材は、現実的に捉えれば倫理的な制約が伴うもので、比較的現実的に起こりうる物語に寄せていく少女漫画の世界観との乖離がどうしても生まれてしまいがちだ。2010年代の“キラキラ映画”のムーブメントのなかでも、『近キョリ恋愛』や『先生!、、、好きになってもいいですか?』『センセイ君主』では教師と教え子の恋が、『PとJK』では本作と同様に公務員との恋が描かれていた。『PとJK』のようないっそ結婚してしまえというのは極論としても、理性を持った成人男性側が適切に突き放しながら誠意をもって対応する描写を重ねていくこと以外に描きようがない。

 大抵の場合、相手と同世代の女性(ヒロインから見れば歳上の大人の女性)が登場することで、“手強いライバル”という物語の一要素が付け加えられるわけだが、本作においてはそのような相対的構造を基本的には持たせない。まだ高校生であるヒロインにどのように対応していくかを真摯に考える蛯原の誠実さが見えることで、2人の恋愛が軽薄なものにならずに済むのである。そうなれば“卒業”するというタイミングが帰結点に選ばれるのは必然だ。興味深いのは、中盤の誕生日のシーンで萌衣は17歳を迎えるということ。つまり2人は1年以上もの間プラトニックな関係を保っていたことになるわけだ。

 こうした王道をきちんとブラッシュアップしていった作り込みのなかで、ひときわ異質に映るのはクライマックスのショッピングモールでの一連である。消防士を相手にした作品となれば、どうしたってヒロインが救助されるという展開が待ち受けているのは想像に易い。とはいえそのヒロインが、誰かを助ける側の人間になるために救急救命士の勉強をし、その成長ぶりをどこかで示す必要があれば、このような不特定多数の人間が集う公共の場で何か大きな事件が起きなくてはならない。

 そのため、なかなかこのジャンルには見受けられない映画的なダイナミズムが与えられることになり、総じて淡々とした流れのなかにそれが組み込まれることで、あたかもそれが日常頻繁に起こりうる事象のように見えてしまうから異質さは増す。かといってダラダラと情緒的に描くことをしなかったのは評価できる。冒頭シーンの“山賊抱っこ”から“お姫様抱っこ”へ転換することで示される2人の関係の変化。また現代の女子高生たる萌衣がスマートフォンとはぐれるのは、自分自身と自分のすぐ周囲を見つめることの重要性を提示しているのだろう。この映画が見せるのは、恋愛に限らず高校生活のなかで出会うあらゆる人々が自分自身の将来の道筋を左右するきっかけになるという、少女漫画の根源に常に存在してきた直接的なコミュニケーションで世界を開いていくことの楽しさに他ならない。

参照

※1. https://realsound.jp/movie/2021/06/post-796755.html

■公開情報
『モエカレはオレンジ色』
全国公開中
出演:岩本照(Snow Man)、生見愛瑠、鈴木仁、上杉柊平、浮所飛貴(美 少年/ジャニーズJr.)、古川雄大、藤原大祐、永瀬莉子、高杉彩良、晴瑠、笛木優子ほか
原作:玉島ノン『モエカレはオレンジ色』(講談社『デザート』連載)
監督:村上正典
脚本:山岡潤平
配給:松竹株式会社
製作:「モエカレはオレンジ色」製作委員会
(c)2022「モエカレはオレンジ色」製作委員会 (c)玉島ノン/講談社
公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/moekare-movie/
公式Twitter:@moekare_movie
公式Instagram:@moekare_movie

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