黒木華が全身で椅子を取りに行く 飾らない俳優のエネルギーで魅せる『椅子』シリーズ

 「人間たちの声がする」を観て『実験の夜』の『詩をよむ会』を思い浮かべた(YouTubeピース又吉公式チャンネル『渦』で観ることができる)。上品な老人夫妻が詩をよむ会に参加してその見た目の印象から想像もつかなかった文学的な詩を披露する。内なるマグマを発露する老婆のような雰囲気が黒木華にはあった。そう『椅子』シリーズの黒木華が演じる人物は、「実験の夜」でスパイク小川がやっているような雰囲気があるのだ。一見楚々として上品な雰囲気をしている人物が内側にとてつもない激情をもっていて、それが発露したときの破壊力(おもしろさ)である。

 第8回「椅子を取りに行く」は又吉のコントにある人間の内的パワーが思いきり爆発する。物語は同居していた姉妹の別れ話からははじまる。ユーチューバーとして人気を博す妹(穂志もえか)が使用しているアリンコチェアは姉(黒木華)が買ったもので、別居にあたって持っていきたいと主張するが、妹は拒否する。

 姉妹の部屋はアリンコチェアだけでなくオシャレな椅子が置かれ、コンクリ打ちっぱなしの広いものだ。でも一歩そこを出ると築年数が相当ありそうな壁に挟まれた路地裏で、部屋の中と外、カラフルな装いの妹とシンプルな姉との落差は激しい。アリンコのようにちっぽけな自分を痛感する姉。それでも五分の魂をもって椅子を奪い返しに向かう。妹との争いは激しくなっていき……。

 椅子奪還作戦は思いがけない様相を呈していく。物語の鍵となる謎の人物(アンミカ)に向かって「椅子を返せ」と繰り返す姉。状況はかなりシュールになっていき、又吉の描く人間の内に潜む強大なエネルギーは文学や詩という言語を超えて、ただのエネルギーの塊になる。それを黒木華が全身で表現する。対するアンミカも、『林先生の初耳学』(TBS系)内の企画「アンミカ先生が教えるパリコレ学」でモデル志望の若者たちを厳しく指導していただけある圧を発揮する。ふたりの姿はさながら三池崇史監督のVシネマ『DEAD OR ALIVE』のような人間と人間のぶつかり合いのような勢いである。

 飾ることない俳優のエネルギーのみで魅せる。又吉直樹の作家としての強みはそこにあるのではないだろうか。芸人としてのライブ経験によって頭の中だけで構築した作家の文学世界とは異なる、言葉にできない身体の力に託すこともできること。文学のような『椅子』シリーズのラストエピソードが「椅子を取りに行く」であることに又吉直樹の作家性を感じた。

WOWOWオリジナルドラマ 椅子/プロモーション映像(120秒)【WOWOW】

椅子と女性の人生を重ねて描く異色のオムニバスドラマ
『椅子』の見どころを徹底解説!

芸人、そして作家として活躍する又吉直樹の無類の“椅子”好きが転じて、書き下ろしストーリーにてドラマ化が実現。オムニバスドラマ『W…

■作品情報
『WOWOWオリジナルドラマ 椅子』(全8話)
WOWOWプライム、WOWOWオンデマンドにて毎週金曜23:30〜放送・配信
※WOWOWオンデマンドでは無料トライアル実施中
出演:吉岡里帆、モトーラ世理奈、石橋菜津美、黒木華ほか
作:又吉直樹
企画・プロデュース:射場好昭
椅子監修:萩原健太郎
監督:松原弘志、長澤佳也
プロデューサー:小川直彦、長澤佳也、松原弘志
制作協力:TBSスパークル
製作著作:WOWOW

<各話タイトル>
※()内は登場する椅子
第1話「電球を替えたい」(No.14)
第2話「最高の日々」(スツール60)
主演:吉岡里帆

第3話「海へ」(ラ・シェーズ)
第4話「オモイデ」(Yチェア)
主演:モトーラ世理奈

第5話「まぼろしの」(ルイ・ゴースト)
第6話「雨が降っている」(ネイビーチェア)
主演:石橋菜津美

第7話「人間達の声がする」(Aチェア)
第8話「椅子を取りに行く」(アリンコチェア)
主演:黒木華

公式サイト:https://www.wowow.co.jp/drama/original/isu/

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