『万引き家族』は是枝裕和監督の“現在地”を探る基点に 樹木希林の“不在”が意味するもの

 本作が公開された2018年の9月15日、樹木希林は75歳で永眠した。その告別式。樹木の文学座・研究所の同期である橋爪功によって代読された、その長い長い弔辞の中で是枝監督は、『万引き家族』の撮影後、樹木に「あなたの作品に出るのはこれでおしまい」と言われたこと。最後に、「もうおばあさんのことは忘れて。あなたはあなたの時間を若い人のために使いなさい。私はもう会わないからね」と言われ、その後、本当に会うことすら避けられたことなど、故人の思い出を綴りながら、訃報に触れ駆けつけた通夜の席で3カ月ぶりの再会を果たしたあと、「私は映画の中で血の繋がらない孫娘にさせたように、あなたの髪とおでこに指先で触れました。そして、あなたが映画の中で最後に口にした言葉を、棺の中のあなたにお返ししました」と記していた(※)。

 「あなたが映画の中で最後に口にした言葉」――それは、映画『万引き家族』において、実はひとつのクライマックスだったとも言える、「家族旅行」のワンシーンを指すのだろう。海辺でたわむれる「家族」5人の姿をひとり遠くから見つめながら、初枝が発する言葉――けれども、それは明確な音声にはならず、そっと口元を動かす様子だけが、ただフィルムに刻まれているのだった。彼女はそこで、何と言ったのだろうか。

 思えば、『万引き家族』は、秘められた「思い」と、届かない「言葉」を描いた映画でもあった。初枝の最後の「言葉」はもちろん、物語の終盤、治と別れたあと、バスに揺られながら祥太が発した「言葉」は何だったのか。最後にゆりが発しようとした「言葉」は何だったのか。それは、この『万引き家族』という映画を観るたびに、いつも考えてしまうことでもある。否、だからこそ、この映画を何度も何度も、繰り返し観てしまうのだろう。なぜなら、そこに明確な「回答」は提示されていないから。そして、是枝監督は、それらの「言葉」を胸に秘めながら、これからも映画を撮り続けていくのだろう。

 ちなみに、『ベイビー・ブローカー』の中で是枝監督は、ある登場人物に、これまでの是枝作品にはなかったような、ある決定的な「言葉」を言わせている。しかも、繰り返し何度も。それは、先述の「問い掛け」に対する、ひとつの「回答」なのだろうか。あるいは、それもひとつの「過程」に過ぎないのだろうか。必ずしも「連作」ではないけれど、もはや脈々と連なるような作品を生み出し続けている是枝監督の「現在地」を探る上でも、やはりこの機会にもう一度、『万引き家族』観ておくことを強くおすすめしたい。

参照

※ https://natalie.mu/eiga/news/301762

■放送情報
『万引き家族』
フジテレビ系にて、6月11日(土)21:00~23:30放送
監督・脚本・編集:是枝裕和
出演:リリー・フランキー、安藤サクラ、松岡茉優、池松壮亮、城桧吏、佐々木みゆ、緒形直人、森口瑤子、山田裕貴、片山萌美、柄本明、高良健吾、池脇千鶴、樹木希林
製作:フジテレビ、ギャガ、AOI Pro.
配給:ギャガ
(c)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.
公式サイト:http://gaga.ne.jp/manbiki-kazoku

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