NHK「よるドラ」はいかにして生み出されてきたか プロデューサー3人に聞くこれまでの歩み

“よるドラ”最終回、これまでの歩み

よるドラに“発見”された脚本家・役者たち

『ゾンビが来たから人生見つめ直した件』写真提供=NHK

――尾崎さんには若手を育てたいという意識があったのですか?

尾崎:『ゾンみつ』の時は、自分もギリギリ若手の側だったので若手側として企画を出して作ることができたのですけど、よるドラ枠が継続していく中で「若手の企画が連ドラになることはすごくいいことだなぁ」と思って、編集長の側に立って後半は関わっていた感じですかね。

――『腐女子』なら三浦直之さん、『きれいのくに』なら加藤拓也さんといった脚本家の選び方も面白かったです。

尾崎:よるドラの企画は現場からボトムアップしていくので、脚本家の選択も現場の判断に任せていただきました。ドラマの実績がない人でも誰も止めずに「やってみたらいいじゃないか」という感じの空気がある自由度の高い枠だったなと思います。

上田:特集ドラマや他の連ドラだと、俳優も脚本家も実績があるかどうかで、お願いできるかどうかが決まってしまう部分があるのですが、よるドラは企画者やチームのクリエイティブにかかっているというか。この企画にどういう脚本家をマッチングするのか、ということも含めて「きみたちのクリエイティブだよ」と任されている感じがあったので、すごく貴重な体験でした。

尾崎;『ゾンみつ』をお願いした櫻井智也さんも当時、連ドラを全話書くのは初めてでしたけど、「現場がやりたいならやりなさい」という感じで誰も止めなかった。『ここは今から倫理です。』の高羽彩さんもそうです。

上田:小劇場演劇が好きだったので『腐女子』だと三浦直之さん。『伝説のお母さん』だと玉田真也さん、大池容子さんといった、今までNHKではあんまり書かれた実績がないけど、いっしょにやってみたかった方にお願いをしました。作品のテーマに対してどういう脚本が返ってくるのか、予想ができない部分が残っている人と組んでみたいというのはすごくありました。

高橋:東京に来てから担当した『きれいのくに』は加藤拓也さんが書くことが先に決まっていたんです。そしてもともとは全然別のテーマで進めようとしていたのですが、コロナ禍の影響でプリプロダクションまでに時間が空いてしまったため「もう一回、今の気分でどういうことをやりたいのか、考え直しませんか」と加藤さんや制作チームとのやりとりの中で新しく構築されたのが『きれいのくに』でした。

――よるドラがきっかけで好きになった役者や脚本家がたくさんいるんですよね。よるドラで注目された役者さんが他のドラマに出演するといった循環も生まれていたと思います。

尾崎:すごくありがたい流れですよね。他局のドラマや映画に出演されたり執筆されたりしているのを見るのも嬉しくて、『ゾンみつ』で出演して頂いた石橋菜津美さんや瀧内公美さんが『大豆田とわ子と三人の元夫』(カンテレ・フジテレビ系)に出ていたねと言われたりするのは嬉しかったです。

上田:私も「すごく嬉しい」と思いながら観て思います。別の役を演じていらっしゃる姿を見て新しい魅力もあったのだと気付かされて、また次にNHKの番組に出ていただく時には、さらに魅力的な面を引き出せるようにしたいと思いました。同時代に生きている作り手が横目で見ながらお互いを意識して作っている感じがあるのは嬉しいです。

高橋:『だから私は推しました』のアイドルグループ・サニーサイドアップのメンバーと『きれいのくに』の高校生たちはオーディションで選んだ子たちだったんですよ。よるドラがなくてもみなさん自分の力で世の中に出ていたと思うのですが、右肩上がりで活躍していく時間の中によるドラがあったことはすごく光栄で嬉しいなと思います。

――自分が手掛けた作品以外で印象に残っているドラマはありますか?

高橋:『恋せぬふたり』ですね。ミーティングの場で「恋愛ドラマでなくても、恋愛という要素は物語を牽引する大きな力を持っているので、たとえお仕事ドラマや社会派ドラマだとしても恋愛抜きに物語を作るのはすごく難しい」とある先輩が言っていて、私も「たしかに難しそうだなぁ」と思っていたのですが、オンエアをみたら引き込まれて。こういう可能性もあるので、自分の興味だけで事前に作品を判断してはいけないと改めて学びました。

上田:私も『恋せぬふたり』は「単発ドラマならともかく、これで30分×8週はかなり難しい」とミーティングで言われたのが印象的だったのですが、逆に「これは通るな」と思いました。「恋愛がないとドラマが面白くできない」ということは「恋愛のない人生はドラマがない。面白くない。生きがいがない」と私たちが思いこんでドラマを作っていることの裏返しだなと思ったんですよ。今まで多くの番組を作ってきた先輩に、ここまで強い言葉を言わせる企画ってすごく面白そうだなぁと。

『だから私は推しました』写真提供=NHK

尾崎:僕は『だから私は推しました』ですね。高橋さんと、現在『鎌倉殿の13人』で演出を務めている保坂慶太くんが担当した作品ですが、森下佳子さんの脚本をベースに撮影スタイルも含めてやりたいことを追求した作品です。僕自身は地下アイドルには興味はないですし、主人公に共感するところがあって見ていたというわけではなかったのですが、8話ノンストップで観られる強度があって、素晴らしい作品だったと思います。よるドラの色々なことが良い形で結晶化した作品だと思って、すごく好きです。だからオマージュしたわけではないですけど『恋せぬふたり』でも、サニサイ(サニーサイドアップ)を登場させました。

上田:『阿佐ヶ谷姉妹の のほほんふたりぐらし』(以下、『阿佐ヶ谷姉妹』)が印象に残っています。この作品もよるドラでなければ通らなかった企画だと思うのですが、阿佐ヶ谷姉妹という今、女性たちからすごく共感を集めている二人を主役に据えるという思い切りのよさがあって。

尾崎:『阿佐ヶ谷姉妹』は、津田温子さんという30代の女性ディレクターが立ち上げた企画ですが「津田さんが企画したからこそ」という良さがありました。

『阿佐ヶ谷姉妹の のほほんふたりぐらし』写真提供=NHK

上田:テーマは『恋せぬふたり』と通じるところもあり、恋愛、結婚、出産というものを経ない年の重ね方があってもいいのではないかという肯定の仕方をしていて「こういう生き方があるよねぇ」ということを、押し付けがましくなく「ほんわか」と見せてくれる。問題提起から一歩進んで、そうした女性の生き方の「心地よさ」を具体的に見せてくれるのが「いいなぁ」と思いました。

――今後、よるドラのような若手育成の場は作られるのでしょうか?

尾崎:ドラマに限らずNHK全体には「若手の企画をやろう」という機運があると思います。次の“夜ドラ”に若手が関わっていくかどうかはこれからだと思いますが、上田さんや高橋さんのようなプロデューサーがよるドラで育ったので、今後のNHKのドラマを担っていくのを期待しています。

上田:その瞬間の社会や時代の気分みたいなものとどう切り結ぶのかという切り口を、ディレクターやプロデューサーが一生懸命探っていったのがよるドラだったのかなと思います。映画と違い短いスパンで作ったものを出していけるのが、テレビドラマの魅力だと思うので、よるドラの精神は忘れずにどういうふうに社会にインパクトを残せるかを忘れないで作っていけたらいいなと思います。

高橋:現在、4月からスタートする朝ドラ『ちむどんどん』に携わっています。朝ドラはよるドラとは正反対の枠ですが、よるドラのようにコンパクトサイズの番組だからこそ経験できたことや、感じたことというのは、朝ドラでも大いに役立っています。自分たちがいかにそのテーマを大切にしているかという熱は、ほかのスタッフやキャストにも必ず伝播していくということを、朝ドラでも再認識していて。

尾崎:制作者サイドに「これをやりたい!」という企画があることが、一番大事だと思うんですよね。

高橋: 私は今年30歳なんですけど、今は30歳ならではの視点をもって、世の中を見つめられたらと思います。よるドラという枠はなくなってしまいますが、今後、ドラマ作りをして世の中に送り出していく中で、「置きに行く」テーマ選びではなく、「面白いと思っているからこれをやるんだ」という熱を大事にしながら、企画を作っていきたいです。

■放送情報
よるドラ『恋せぬふたり』(全8回)
NHK総合にて放送
第8話:3月21日(月・祝)22:45〜23:15
出演:岸井ゆきの、高橋一生、濱正悟、小島藤子、菊池亜希子、北香那、アベラヒデノブ、西田尚美、小市慢太郎
作:吉田恵里香
音楽:阿部海太郎
主題歌:CHAI「まるごと」
アロマンティック・アセクシュアル考証:中村健、三宅大二郎、今徳はる香
制作統括:尾崎裕和
プロデューサー:大橋守、上田明子
演出:野口雄大、押田友太、土井祥平
写真提供=NHK

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