現代に継承される80年代ジュブナイル映画の傑作たち 異色作だった『ゴーストバスターズ』
ジェイソン・ライトマン監督の『ゴーストバスターズ/アフターライフ』(2021年)は、言わば「ノスタルジーの金太郎飴」のような映画である。揶揄ではなく、その作りには大いに感心した。
ストーリーや舞台設定はまったく異なるにもかかわらず、映画のどこを切り取っても、1984年公開の『ゴーストバスターズ』第1作のファンなら確実に郷愁の琴線をかき鳴らされる仕掛けが次々に出現する。霊体探知機「PKEメーター」やオバケ退治専用車「ECTO-1」、ツナギのユニフォームといったおなじみのアイテムをはじめ、テラードッグやマシュマロマンなどのクリーチャー、世界中の誰もが知っている「Who ya gonna call?」というセリフ等々……。それら周到に配置された「郷愁誘発装置」の威力が最初のピークに達するのが、1作目でハロルド・ライミスが演じたイゴン・ スペングラーの孫、フィービー(マッケナ・グレイス)が背負うプロトンパックの駆動音が初めて響き渡る瞬間だ。極めて忠実に再現されたサウンドエフェクトが、的確にブラッシュアップ&ボリュームアップされて観る者の胸を震わせる。劇中でそれを聴かせるタイミングもまた絶妙で、製作陣のこだわりが一気に噴出する名場面だ。
偉大なる第1作を生み出したアイヴァン・ライトマン監督の息子であるジェイソンは、続編企画への参加をたびたび(父親からも)乞われながら、長年渋っていたという。確かに、世界中のファンに40年近く愛され、しかも父親の代表作ともなった大ヒット作の続編を作るほど気が重い仕事はそうそうないだろう。しかし、彼はそんな難題にあえて挑戦し、長年のファンにも愛される映画になるよう細心の注意を払いつつ、極めてパーソナルな家系と継承のドラマを紡いでみせた。その感慨も大きい。
2014年に逝去したハロルド・ライミス=イゴンがCGで蘇る趣向も、ほかの監督ならば許されなかったことだろう。ライトマン家の血筋、ライミスへの家族ぐるみのリスペクトがあればこそ、ぎりぎりの説得力が保たれている。
ジェイソン・ライトマンが本作の起点となったイメージ――「コーン畑を背景に、プロトンパックを背負った少女」を着想したのは、10年ほど前のことだったという。最初はそのキャラクターが一体誰なのか皆目わからなかったが、2014年にライミスが亡くなったとき、それが「イゴンの孫娘」だと気づいた……。この逸話は複数のインタビューで繰り返し語られているが、それは本作のストーリーが2016年のリブート版『ゴーストバスターズ』からの「仕切り直し」として発想されたものではない、というエクスキューズでもあるのだろう。
メインキャラクターを女性に置き換えたリブート版『ゴーストバスターズ』は、オマージュよりもアップデートを優先した意欲作だった。しかし、旧作ファンからの反発と、多分に女性差別的な誹謗中傷に晒され、結果的に「誰からも愛される名作」の仲間入りは果たせなかった(これは不当な評価であると、いまでも思う)。映画会社が再度の軌道修正を望みつつ、しかし主人公を元の男性4人組に戻すような無神経な判断は避けたいと思ったとき、ジェイソン・ライトマンの「孫世代のドラマ」というアイデアが八方丸く収まる妙案として採用されたのでは……という推測も成り立つ。
ジェイソン・ライトマンはリブート版について「まったくの新作として独自の世界観を確立していたし、僕自身も楽しませてもらった。だからこそ、自分の企画とは切り離して考えていた」と語っている。一方、リブート版を襲った理不尽な状況には胸を痛めたとも発言しており、それならば今回の『ゴーストバスターズ/アフターライフ』でも同作について少しは言及してほしかった、というのが正直なところだ。エンドタイトル後に示唆される続編では、ぜひとも「孫世代」と「女性チーム」のジョイントを実現してほしい。これまで『JUNO/ジュノ』(2007年)『ヤング≒アダルト』(2011年)『タリーと私の秘密の時間』(2018年)と、女性の心情に寄り添った映画を撮り続けてきた作家なのだから。
もうひとつ、ジェイソンが「10年ほど前」と着想時期について明言しているのは、同じく2016年にリリースされた「ある作品」よりもアイデアは先行していた、と強調したいからではないだろうか。その作品とは、Netflixの人気ドラマシリーズ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』である。
1980年代の米中西部インディアナ州の小さな町を舞台に、異次元の怪異と遭遇する少年少女の冒険を描いた『ストレンジャー・シングス 未知の世界』は、今年5月にはシーズン4が配信されるほどの人気シリーズとなった。この作品の最大の特徴は、1980年代に一世を風靡したジャンル映画への溢れんばかりのオマージュ、臆面もないと言っていいほどノスタルジー満点の作りである。なかでも、スティーヴン・スピルバーグ監督の『E.T.』(1982年)を筆頭とする80年代ジュブナイル映画のテイストが見事に再現され、それらを観て育った世代のハートを鷲掴みにしたことが成功につながったと言える。
80年代ジュブナイル映画の特徴を簡単に要約するなら、《日常に対して大なり小なり鬱屈を抱えた少年少女が、摩訶不思議な存在(あるいは非日常への入口)と出会い、親や学校、大人社会の常識といったものに歯向かいながら「自分たちだけの冒険」を繰り広げていく物語》といったところだろうか。『E.T.』の大ヒット以降は、ハリウッド各社が同傾向の作品を量産し、火付け役であるスピルバーグ自身が製作に携わったものも多かった。
なかでも「宝探し」という古典的題材を復活させた『グーニーズ』(1985年)は、童心を刺激する不朽のアトラクションムービーとして、いまだに根強い人気を誇っている。このほか、『E.T.』に通じる宇宙へのロマンと少年の冒険心を結びつけた『スター・ファイター』(1984年)『エクスプロラーズ』(1985年)、当時流行のティーンホラーのテイストをまぶした『グレムリン』(1984年)、『フライトナイト』(1985年)、『ロストボーイ』(1987年)などなど、枚挙にいとまがない。
作り手が自らの多感な少年時代を振り返りながら生み出された物語は、当時からおのずとノスタルジーの匂いをまとっていた。さらに、それらの作品のベースとなったのは、少年少女の「未知との遭遇」を描いた50年代SF映画の古典でもあった。例えば『惑星アドベンチャー/スペース・モンスター襲来!』(1953年)は『スペースインベーダー』(1986年)として、『マックィーンの絶対の危機』(1958年)は『ブロブ/宇宙からの不明物体』(1988年)としてリメイクされている。
そんな映画群を浴びるように観て育ったダファー兄弟が、長じて作り上げたのが『ストレンジャー・シングス』である。同作の成功はかつての『E.T.』のごとく映画産業全体に影響を及ぼし、80年代ジュブナイル・テイストの援用は一種のブームとなった。『トランスフォーマー』シリーズのスピンオフ『バンブルビー』(2018年)、ジャンルの始祖たるスピルバーグが近代ポップカルチャーの総ざらいに挑んだ『レディ・プレイヤー1』(2018年)、コミックヒーロー版の『ビッグ』(1988年)ともいうべき『シャザム!』(2019年)などにその傾向は見て取れる。