“境界”が次第に曖昧なものへ 永瀬正敏×奥原浩志監督『ホテルアイリス』の幻惑的な味わい

 さらにもうひとつ、原作には登場しない人物として、海辺の「売店の男」を設定している点にも注目すべきだろう。満潮時には渡し船の「船頭」として、「翻訳家」やマリを離れ小島に連れて行く役割も担っているこの男。その役を演じているのが、台湾の映画監督・蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)の作品で知られる李康生(リー・カンション)なのだ。ちなみに、マリの亡き父親役を演じているのは、永瀬正敏が主演し、台湾で大ヒットを記録した映画『KANO 1931海の向こうの甲子園』(2014年)の監督であり、役者でもある馬志翔(マー・ジーシアン)だ。

 「現実と虚構」はもとより、「北京語と日本語」、「話し言葉と書き言葉」、「本島と小島」、さらには「精神と肉体」、「生と死」、「暴力と快楽」、そして「日本と台湾」など、異なる要素を散りばめながら、その「境界」を次第に曖昧なものにしていく本作。もっと言うならば、それらを区別することは、本作にとってあまり重要なことではないのだろう。むしろ、すべての「境界」が曖昧になったあと、よりいっそう強く立ち上がってくる、ある種の「感覚」のようなもの。そう、世にあるさまざまな「境界」は、あくまでも「意識」の産物に過ぎないのだ。そうではなく、目、鼻、耳、舌、皮膚で直接感じることのできる「感覚」に、その身を投じてしまうこと。それこそが、まさしく「官能」と呼ぶものであり、この映画のいちばんのテーマなのだろう。

■公開情報
『ホテルアイリス』
2月18日(金)より、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル池袋ほかにて公開
出演:永瀬正敏、陸夏(ルシア)、菜 葉 菜、寛 一 郎、マー・ジーシアン、パオ・ジョンファン、大島葉子、リー・カンション
原作:小川洋子『ホテル・アイリス』(c)幻冬舎文庫
監督・脚本:奥原浩志
撮影:ユー・ジンピン
音響:チョウ・チェン
美術:金勝浩一
音楽:スワベック・コバレフスキ
編集:チェン・ホンイー、奥原浩志
プロデューサー:リー・ルイ(李鋭)、奥原浩志、チェン・ホンイー、浅野博貴、山口誠、小畑真登
配給:リアリーライクフィルムズ+長谷工作室
製作:北京谷天傳媒有限公司、長谷工作室、紅色製作有限公司
2021年/日本・台湾合作/100分/日本語・中国語/ビスタサイズ/5.1ch/日本語字幕翻訳:奥原浩志
(c)長谷工作室

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