The Wisely Brothers 真舘晴子の「考えごと映画館」第5回
The Wisely Brothers 真舘晴子の『ユンヒへ』評 映画自体に働く手紙のような作用
The Wisely BrothersのGt./Vo真舘晴子が最近観たお気に入りの映画を紹介する連載「考えごと映画館」。最近観たオススメ映画を、イラストや写真とともに紹介する。1年の休載期間を経ての再開第1弾となる第5回は、イム・デヒョン監督作『ユンヒへ』をピックアップ。(編集部)
小さい時からずっと続けていることの一つに、手紙を書くことがある。学校の同じクラスの女の子、修学旅行で知り合った沖縄の小学生、外国に転校したヴァイオリンを弾くクラスメイト、ライブツアー先の関西から東京に送る絵葉書、旅先のベルリンから落ち葉を貼り付けて日本に送った手紙、フランスにいる友人へふとペンを取る。だんだんと遠くの場所へ送ることも増えていって、それが切手ひとつで届く手紙というツールの凄さにいくつになっても感動する。
久しぶりに長く練習したスタジオの帰り道、まっすぐ家に帰らずに、たまたま到着したバスに乗って映画館へ向かった。その日が公開初日だった韓国映画『ユンヒへ』は、手紙を介して、人への気持ちを垣間見る映画だった。書かれた手紙は決して全てがポストに出されているわけではない。だけど、その手紙の周りにいる人たちのふとした行動から、何かが動きはじめていく物語だ。
主人公の韓国人ユンヒは、美しい中年女性。高校生の娘がいて、既に夫とは離婚している。元夫婦の間には、言葉にされないけど何か物悲しい空間があり、ユンヒは別れた後も押し寄せる夫の気持ちに、拒絶反応を示す。日本・小樽からのとある手紙をきっかけに、ユンヒは誰にも話していない20年前の学生時代からの思いを、少しづつ周りに打ち明けていく。
手紙を書いたり読んだりしながらたまに感じるのは、手紙には書けないことも多いということ。文字にして残ってしまうことが何となく怖かったり、どうしても直接会って話したいことだったりと。それなのに、手紙というのは、本当に話したいことが直接書かれていなくなくても、この手紙の中に入り込む書き手の気持ちが何となく伝わってくることもある。それが凄いのだ。
この映画にもそんな手紙のような作用が働いている気がした。彼女が自分の昔の話を少しずつ周りとしていくうちに、別れた夫との間にも変化が生まれる。すごくシンプルになっていくのが分かる。誰かが誰かの幸せを願うということ。彼が私の幸せを願っている、私も彼の幸せを願っている。ただそれだけのことが、表面的なことだけを見ていると、すごく見えなくなってしまう瞬間があることをこの映画の中で知る。どこかの目線からの状態で目を凝らし続けていると、私たちは気づくこともせずに、いつの間にか苦しんでしまう。手紙に含まれた余白の気持ちを感じるように、ふと周りを見渡せたときに、知らない幸せに気づくのだろうか。