GG賞受賞『ドライブ・マイ・カー』オスカー受賞なるか 過去成績からその可能性を占う

 昨年『アナザーラウンド』のトマス・ヴィンターベアが、一昨年は『パラサイト』のポン・ジュノが、その前の年は『ROMA』のアルフォンソ・キュアロン、『COLD WAR あの歌、2つの心』のパヴェウ・パヴリコフスキと、国際長編映画賞(外国語映画賞)に有力作品を送り出した監督へ門が開かれている監督賞も期待できる。過去10年の受賞者を見ると分かる通り、最も多様性に富んだ部門でもある監督賞。アメリカ出身の白人男性監督の受賞は『ラ・ラ・ランド』のデイミアン・チャゼルただ1人で、他の監督たちの出身国を並べればフランス、台湾、メキシコ、韓国。昨年は前述のクロエ・ジャオが受賞。ただし日本人のノミネートは第38回『砂の女』の勅使河原宏と、第58回『乱』の黒澤明のみ。ここが最もエポックメイクになるのだ。

 前述の全米批評家協会賞を獲得したことでひそかに期待が高まっているのは西島秀俊の主演男優賞入りだろう。昨年は『ミナリ』のスティーヴン・ユアンがアジア人俳優初の主演男優賞ノミネートを果たし、その流れを汲む可能性は決してゼロとは言い切れない。ただ横の比較ではかなり厳しいものがあるのは否定できない。批評家賞を圧勝中の『パワー・オブ・ザ・ドッグ』のベネティクト・カンバーバッチ、ゴールデングローブ賞や重要なところをしっかりと押さえる『ドリームプラン』のウィル・スミスが筆頭株として存在し、『tick, tick... BOOM!:チック、チック…ブーン!』のアンドリュー・ガーフィールドと『Pig(原題)』のニコラス・ケイジはキャリアハイの演技と評判を集めている。『シラノ』のピーター・ディンクレイジ、『マクベス』のデンゼル・ワシントンといった、誰もが知る役柄を新たな味付けで演じている名優の存在もかなり手強い。

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』

 そして何より期待されているのは作品賞入りであろう。今年からノミネート枠が10作品に固定されることは間違いなくメリットになるわけだが、現時点では“あってもおかしくない”というぐらいの手応えに留まっている。というのも、外国映画にはハードルが高いということ以上に、配給会社のキャンペーンが最も大きく影響される部門であるからだ。『ドライブ・マイ・カー』の北米配給はJanus Filmsで、同社の作品がアカデミー賞の主要どころで活躍した実績は皆無。もちろんワーナーやサーチライトといったお馴染みのスタジオのキャンペーン力に押され、結局は国際長編映画賞だけに落ち着くパターンも否定できないのである。

 そんな作品賞は、近年の流れ通り劇場公開作品vs配信作品の対抗するかたちは今年も続く。現時点でノミネート当確&受賞可能性を秘めているのはフォーカス・フィーチャーズが送り出す『ベルファスト』と、Netflixの『パワー・オブ・ザ・ドッグ』であろう。Netflixは、『tick, tick... BOOM!:チック、チック…ブーン!』も作品賞入りの可能性は高いが、ミュージカル作品として考えると、系統は違えどスティーヴン・スピルバーグの『ウエスト・サイド・ストーリー』との比較は避けられない。そんな『ウエスト・サイド・ストーリー』は、言うまでもなく過去のオスカー受賞作のリメイクというのが逆に大きなハンデとなっている。

『tick, tick... BOOM!:チック、チック…ブーン!』

 リメイク映画・続編映画は、どんなに頑張ってもノミネート止まりなのがアカデミー賞の定説である。実際にリメイク映画で受賞を果たしたのは『ディパーテッド』のみで、いわゆる“再映画化”パターンでもかなり苦戦を強いられる傾向が、とりわけ作品賞の枠が広がった第82回以降顕著になっている。Apple初の作品賞入りがかかる『コーダ あいのうた』はフランス映画『エール!』のリメイクで、ギレルモ・デル・トロのオスカー受賞後初の新作『ナイトメア・アリー』は『悪魔が往く街』のリメイク。『DUNE/デューン 砂の惑星』も『マクベス』も再映画化であることは言うまでもなく、メガヒットによって賞レース入りへの意欲が示されている『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』は続編映画としてのハンデを背負うことになる。

 しかしこうした、例年であれば前哨戦止まりになりそうな作品がそのままノミネートに駒を進める可能性がある点は、今年の顔ぶれが総じて小粒であることを示している。他にリメイク・続編ではない作品では、ウィル・スミス主演の『ドリームプラン』と批評家受け抜群のポール・トーマス・アンダーソン監督作『リコリス・ピザ』がある。どちらもノミネート安全圏にあるが、過去に土壇場でノミネート落ちしてしまった作品たちを思い出してしまうような評価のされ方は少々気掛かりでもあり、受賞までたどり着く可能性は遠い。そうなると、『ドライブ・マイ・カー』が漁夫の利を得ることも充分に想定の範囲であり、同じく外国語作品ではペドロ・アルモドバルの『Parallel Mothers(原題)』がSony PicturesClassic配給、国際長編映画賞のところで軽く触れたデンマーク映画『Flee(原題)』が『パラサイト』と同じNeon配給で虎視眈々といったところか。

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』

 最後に他の主要部門についてさらりと考察していきたい。監督賞の受賞はほぼ『パワー・オブ・ザ・ドッグ』のジェーン・カンピオンで間違いなさそうだ。昨年のクロエ・ジャオと同じ空気が完全に醸成されている。基本的に作品賞と国際長編映画賞とのセットでノミネートされることが主であるため、残す候補4枠は『ベルファスト』のケネス・ブラナー、『ウエスト・サイド・ストーリー』のスピルバーグ、『DUNE/デューン』のヴィルヌーヴ、『リコリス・ピザ』のP・T・アンダーソンが前哨戦の結果からは有力と見える。ここに女性監督がもうひとり来るならば『ロスト・ドーター』のマギー・ギレンホールが昨年の『プロミシング・ヤング・ウーマン』のエメラルド・フェネルと重なるし、『コーダ』のシアン・ヘダーにも期待したい。例年通りの外国人監督枠があるなら、濱口はもちろん、アルモドバル、『A Hero(原題)』のアスガー・ファルハディも射程圏内だろう。

 主演男優賞は前述した通りで、主演女優賞はダイアナ妃を演じた『スペンサー』のクリステン・スチュワートの一強ムードを、『タミー・フェイの瞳』のジェシカ・チャスティン、『Parallel Mothers(原題)』のペネロペ・クルス、『ロスト・ドーター』のオリヴィア・コールマンが追いかける。前哨戦で健闘している『リコリス・ピザ』のアラナ・ハイムは批評家賞止まりの印象が強く、GG賞で受賞した『愛すべき夫妻の秘密』のニコール・キッドマンは常連だけに強そうだが、近年の傾向を踏まえれば『ウエスト・サイド・ストーリー』のレイチェル・ゼグラーの方が面白い。助演男優賞も『パワー・オブ・ザ・ドッグ』のコディ・スミット=マクフィーの一強ムードで、誰が受賞するか見当もつかない混戦が繰り広げられているのは助演女優賞だったが、ゴールデングローブ賞の結果によって『ウエスト・サイド・ストーリー』のアリアナ・デボーズが一歩リードした。

 ゴールデングローブ賞の発表から先、現地時間2月8日に予定されているアカデミー賞のノミネート発表までの間には、より直結するといわれる各部門の組合賞のノミネートが出揃う。そこでまた大きな動きが見られることは間違いなく、賞レースウォッチはここから本格的に楽しくなっていくのである。それでもアメリカでは、現在オミクロン株の爆発的な流行に見舞われており、ふたたび苦しい期間に突入しようとしている。昨年のオスカー授賞式では駅を会場に、オンラインも利用する小ぢんまりとした形式となった。現地時間3月27日に予定されている今年の授賞式が無事に執り行われることを祈りながら、その動向を見守っていきたい。ちなみに筆者が今年激推ししたいのは『コーダ あいのうた』であり、マーリー・マトリンの助演女優賞入りを強く願っている。

■公開情報
『ドライブ・マイ・カー』
全国公開中
出演:西島秀俊、三浦透子、霧島れいか、パク・ユリム、ジン・デヨン、ソニア・ユアン、ペリー・ディゾン、アン・フィテ、安部聡子、岡田将生
原作:村上春樹『ドライブ・マイ・カー』(短編小説集『女のいない男たち』所収/文春文庫刊)
監督:濱口竜介
脚本:濱口竜介、大江崇允
音楽:石橋英子
製作:『ドライブ・マイ・カー』製作委員会
製作幹事:カルチュア・エンタテインメント、ビターズ・エンド
制作プロダクション:C&I エンタテインメント
配給:ビターズ・エンド
2021/日本/1.85:1/179分/PG-12
(c)2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会
公式サイト:dmc.bitters.co.jp

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