『ある結婚の風景』2本のリメイク作を比較 HBO版の“再演”が証明したオリジナルの普遍性

 ジョナサン(オスカー・アイザック)とミラ(ジェシカ・チャステイン)は結婚10年目を迎えた夫婦。大学時代からの友人である2人は子供にも恵まれ、ジョナサンは心理学の教授、ミラはITベンチャー企業の重役として活躍していた。『ある結婚の風景』の物語は彼らの結婚生活に関するインタビューから始まる。2人の出会いと結婚に至るまでの馴れ初め、夫婦生活、価値観が語られ、ミラからは明晰で饒舌なジョナサンを好もしく思っていることが伺える。しかし、改めて口にする自身の人生に彼女は時折、我に返ったような表情も見せる。そしてこの夜、2人は夫婦関係における重大な決断を下すことになる。

 イングマール・ベルイマン監督が1974年に手掛けたオリジナル版は、1組の夫婦を通じて人間の孤独と断絶、性愛、男性の有害さ、ウーマン・リブといった多様なテーマを描く、TVシリーズならではの作品だった。HBOによる今回のリメイク版では基本プロットはそのままに、随所にいくつものアレンジが施されている。男女の立場は入れ替えられ、破綻の引き金となる不倫は今回、妻の側で行われる。そしてジュリアード学院演劇科同窓生にして、『アメリカン・ドリーマー 理想の代償』(2014年)以来の共演となるオスカー・アイザック、ジェシカ・チャステインはドラマに演劇的なストイックさをもたらした。ショットもシークエンスもオリジナル版よりずっと長く、ジョナサンとミラの体験は僕らの実時間として体感させられ、憔悴する。演技メソッドと演技的好奇心を共にするアイザックとチャステインの濃密なアンサンブルは2021年最高のパフォーマンスの1つだ。


 HBO版で妻ミラが抱えているのは夫婦生活、家族関係から排除される孤独だ。平日はジョナサンが家事と育児をこなし、稼ぎ頭であるミラが参加するのはもっぱら週末。夫婦で話し合った役割分担とはいえ、旧来的なジェンダー規範が彼女を苛む。ミラに対する排除は第3話でさらに窮まり、別居後、雑然と模様替えされた家にはかつて彼女が存在した痕跡すらない。ジョナサンはことあるごとに「話をしよう」と関係修復を試みるが、もはや彼女の心を開くことはできず、彼らはいわばパートナーシップにおける“言語”すら異なるのだ。そうして2人はベルイマン版以上に憎み合い、断絶の度合いを深めていく。

 2021年、『ある結婚の風景』をリメイクした作品がもう1つある。Netflixから配信されたTVシリーズ『マスター・オブ・ゼロ』のシーズン3だ。これまでアジズ・アンサリ演じるデフを中心にしたシリーズは一転、親友のデニース(リナ・ウェイス)とその妻アリシア(ナオミ・アッキー)を主人公に据え、ドラマのトーンもガラリと変わる。16mmフィルムで撮影され、画面は1.33.1のスタンダードサイズ。HBO版同様1シーン、1カットが長い。アンサリはリファレンスとして多くの映画を挙げており、シーズン3は『ある結婚の風景』をはじめベルイマン作品へのオマージュとされているが、基本的な展開はほとんど同じであることから“リメイク”と言っても差し支えないだろう。

『マスター・オブ・ゼロ』COURTESY OF NETFLIX (c)2021

 大きく異なるのはカップルが激しく傷つけ合うベルイマン版、HBO版に対し、『マスター・オブ・ゼロ』が再生に向かう点だ。第4話、離婚したアリシアはたった1人で子供を産もうと不妊治療に励む。過酷な治療に打ちひしがれ、しかし屈託なく笑い、「誰かに自分の人生を託したくない」と言うアリシアのなんと尊いことか。インド系アメリカ人のアンサリによるディレクションと、黒人女性で同性愛者でもあるリナ・ウェイスの脚本が“黒人レズビアンカップルをベルイマン風に描く”という、これまでになかった新しいアメリカ映画(ここではあえて“映画”と書きたい)の文脈を生み出し、オリジナル版にもHBO版にもない愛の充足へと至るのだ。

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