“偽ること”を考えさせられる 『ラブ・ハード』はマッチングアプリ世代に響く名作だ

デートアプリ世代を導く『ラブ・ハード』

 万年ダイエッターという言葉があるように、私は“万年スワイパー”という言葉があってもいいと思う。スワイプとは、その行為自体はスクリーンを上下左右にスライドさせる動作の意であり、いわゆるマッチングアプリの分野では“選別”を意味する。画面に登場する相手のプロフィール写真と自己紹介文に対して「いいかも」って思ったら右に、「なし」と思ったら左に指をスワイプする。ただ、この“万年スワイパー”という言葉で本当に意味したいのは、アプリ上に限らず実生活でも虚像に近い“自分の理想”を判断軸として、目の前の相手に対して左スワイプばかりし続ける、エンゲージメント率が低いタイプの人物である。さて、そんな“万年スワイパー”にとってはもちろん、多くの人が身につまされるであろう作品がNetflix映画『ラブ・ハード』である。もう、「愛って難しい」ってタイトルが直球すぎる。

 主演に『ヴァンパイア・ダイアリーズ』でお馴染みのニーナ・ドブレフを迎えた本作のストーリーはこうだ。ウェブメディアでデート事情に関する記事を執筆する、ライターの主人公・ナタリー。彼女は運命の相手を探しつつ、日々マッチングアプリで出会った相手とデートにいそしみ、その時の出来事を記事にする。しかし、出会うのはプロフィール写真と全然違う男だったり、妻子持ちであることを隠していた不倫男だったり。いきなり連絡が取れなくなる男など、最低な恋愛のオンパレードなのだが、逆に最低であればあるほど記事のネタとしては旨味が増すものだから、仕事は順調。でも、いい加減いい男と出会いたい。今日も左スワイプが捗る、まさに“万年スワイパー”な主人公なのだ。

 そんな彼女の指がアバクロ系イケメン、ジョシュのプロフィールを見て止まる。「人生とアウトドアに夢中。おおらかで穏やかな女性を希望」という自己紹介文にいい感触を覚える彼女だが、彼が最高のクリスマス映画に『ラブ・アクチュアリー』を挙げているのを見て「おえっ」という顔をする。でも、指は右スワイプをしていた。映画開始1分40秒の時点で、すでに業が深い。つまり彼女が内面的な好みは合わなくても、その容姿と快活そうな雰囲気で彼に「いいね」したことは、ルッキズムによる選択を意味するのではないか。ちなみに、マッチした。

 ところが、ジョシュと電話でコミュニケーションを取り始めるとビックリするくらい、幼少期の思い出や趣味、同じ価値観を共有することができる。1日中話していられる。容姿も自分好みで、内面もすごく合うし、「マジこれソウルメイト案件じゃない?」という具合に盛り上がってしまったナタリーは、その気持ちのままサプライズでクリスマス直前に、彼に会いに行く。そして実際会ったジョシュは、いわゆる“なりすまし”で、蓋を開けてみたら全く違うタイプの男だった。本編で彼は“オタク系”と表現されている。

 しかも、そのジョシュがプロフィール写真に使っていた“偽ジョシュ”ことダグとも知り合いだというのだから、ナタリーはダグと結ばれるために奮闘しはじめる。一方、ジョシュは家族を喜ばせるためにクリスマスの期間だけナタリーに自分の偽の恋人を演じてくれと頼んで話が進んでいくのだ。

 本作では、デーティングシーンにおける、あらゆる「あるある」が登場する。この“なりすまし”や、“写真と違う”というのが特にそうだ。「話が違うじゃない、騙された」と、裏切られた気分のナタリーはショックを受け、ジョシュに怒る。しかし、本作の深い部分はこの「だって、相手によく見られたいから」という、切なくも普遍的な動機に基づくあらゆる事象なのだ。というのも、ナタリーはその後、ダグに気に入られたいがために、自分を偽ることになる。こっちこそ、蓋をあけてみたら全然合わない相手だったのである。

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