ザ・スミスの歌詞が響く 偽らざる心の物語『ショップリフターズ・オブ・ザ・ワールド』
しかしながら、ここでひとつ素朴な疑問が生じる。必ずしも当時アメリカで成功していたとは言い難いザ・スミスが、マンチェスターから遥か遠く離れたデンバーの若者たちの心を、ここまで本当に深く掴んでいたのだろうか。ザ・スミスの名前がアメリカで広く知られるようになったのは、その後ソロとなったモリッシーがアメリカで一定の成功を収めた90年代以降の話ではなかったか。けれどもこの映画は、80年代にアメリカで起こったとコアなファンのあいだではまことしやかに語られている「ザ・スミスファンのラジオ局ジャック事件」に着想を得ているのだという。実際は、解散の翌年に起こった出来事であり、ラジオ局に押し入る前の「未遂」に終わったようだが、そういう行動に打って出ようとした18歳の若者が当時のデンバーにいたことは、どうやら事実であるようなのだ。そこからヒントを得て、「こうだったかもしれない」、あるいはむしろ「こうであってほしい」と想像を膨らませていった挙句に生まれた、ある種「寓話」のような物語。それが、この映画ということなのだろう。
1987年のアメリカ――それは、マイケル・ジャクソンが、のちに歴史的なヒットを記録することになるアルバム『バッド』をリリースした年であり、映画の世界に目を向けるならば、『ブレックファスト・クラブ』(1985年)、『フェリスはある朝突然に』(1986年)、『プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角』(1986年)、『恋しくて』(1987年)など、ジョン・ヒューズ監督が関わる、郊外都市を舞台とした「青春映画」が毎年のように公開され、そこから「ブラット・パック」と呼ばれる等身大の若手俳優たちが、次々と登場した時期だった。しかしながら、本作の登場人物のひとりであるクレオが、劇中で『プリティ・イン・ピンク』の主人公の行動に苦言を呈していたように(あの映画には、ザ・スミスの楽曲“プリーズ・プリーズ”も使用されていたので、その怒りはなおさらなのだろう)、そんな等身大の「青春映画」に対して納得のいかない若者たちもまた、確かに存在していたのだろう。そんな若者たちを象徴するバンドとしてのザ・スミス。ひょっとすると、1969年生まれ――当時ティーンエイジャーだった本作の監督・脚本スティーヴン・キジャックもまた、そんな若者のひとりだったのかもしれない。当時は声を大にして言えなかったし、言ったところで誰もわかってくれなかったけれど、そこから長い年月を経た今もなお、心の奥底で響き続けている、かけがえのない音楽としてのザ・スミス。
そんな本作が、決して過去を懐かしむだけの映画に終わらないのは、本作が内包するメッセージが、今を生きる人々にも響くような、ある種の普遍性を宿しているからだろう。ある登場人物の「聴くと涙が出る曲は、お前らを救うと覚えとけ」という台詞が象徴するように、本作は、ザ・スミスの実際の音源と映像を用いながら、彼らに傾倒する当時の若者たち(ちなみに、メインとなる登場人物たちの名前は、ビリー(“ウィリアム”の愛称)、シーラなど、すべてザ・スミスやモリッシーに関連したものになっている)の「情況」をリアルに描くことによって、その音楽の魅力を後世の人々に立体的に伝えようとする映画であると同時に、その「愛」や「悲しみ」も含めて、そんなふうに誰かの音楽に心震わせる経験こそが、やがては自らを救うことになるのだという、ある種の「真理」を描いた映画でもあるのだ。「偽らざる心の物語」――そのメッセージは、当時を知る人々はもちろん、音楽を愛する多くの人々にとっても、強く心に響くことだろう。
■公開情報
『ショップリフターズ・オブ・ザ・ワールド』
12月3日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ、渋谷シネクイントほか全国ロードショー
出演:ヘレナ・ハワード、エラー・コルトレーン、エレナ・カンプーリス、ニック・クラウス、ジェームズ・ブルーア、ジョー・マンガニエロ
監督・脚本:スティーヴン・キジャック
配給:パルコ
2021年/アメリカ=イギリス映画/英語/カラー/シネスコ/91分/原題:Shoplifters of the World/映倫:G
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