『エターナルズ』は観る者を試す 観客の手に委ねられたヒーローたちの希望

 近頃、DCコミックスによる新しい世代のスーパーマンがバイセクシャルであることや、男性とのキスシーンのビジュアルが発表された。それもまた、「なぜ既存のキャラクターでそんな表現をするのか」などと、一部で物議を醸すことになったが、アメリカを代表するヒーローが性的マイノリティと言われる存在だとされることが、むしろ重要なことなのである。その事実そのものが、社会にはびこる偏見を是正する効果を発揮するからである。逆に、なぜクリエイターが、そのような試みに至ったのかという社会背景の方を先に考えるべきなのだ。

 そのような流れと歩調を合わせるように、本作ではブライアン・タイリー・ヘンリー演じるヒーロー“ファストス”が、男性のパートナーと家庭を持っているという設定が披露される。この表現があるために本作は、同性愛が禁止されているサウジアラビア、カタール、クウェートで上映禁止となったという。この結果は、マーベル・スタジオ作品を配給するディズニーが、該当シーンをカットすることを拒否したためでもあるが、その選択が、ある国における、人権を制限する保守性や、マイノリティに対する偏見の強さを逆にあぶり出すことになったともいえる。『エターナルズ』は、その意味で観る者を試す性質を持った一作なのだ。

 さらにファストスは、人類の歴史を見守るうちに、大量破壊兵器の最たるものである核爆弾が広島に落とされたことに絶望し、涙する役割も担わされた。「人類を助けてきたことは間違いだった」とまで彼に言わせることで、原爆の投下が人類史における大きな罪であることを、アメリカの娯楽大作でここまではっきり描くというのは、非常に珍しいことだ。大勢の人々を無差別に殺傷し、長く後遺症を残すことになった行為を“正しかった”とする政治観が、アメリカの国民の間に根付いている部分があるからだ。その存在に気を遣って、これまで監督や脚本家の妥当な歴史認識の表現を抑え、近年でもこの種の主張を暗示するまでにとどめてきた作品がハリウッドに多かったことを考えると、本作はそういった分野でも最新の試みがなされているといえよう。

 そんな勇敢なジャオ監督の姿勢を引き出したのは、エターナルズという、人間を超越し、膨大な時間を生きてきた存在が題材になっていることが影響したことも確かだろう。古代バビロニアなど、いくつもの時代や場所を舞台にした豪快な構成は、かつて巨費が投じられた大作映画『イントレランス』(1916年)を想起させられるところもある。だが、さらに本作はスケールを拡大し、宇宙に存在する偉大な意志の存在から見た地球や人類が、あまりにも儚い存在であることを描いていくのだ。

 劇中で示された、人類の発展や存在そのものが次代の星や生命の誕生を促進する働きを加速させる役割に過ぎないという絶望的な“真実”は、荒唐無稽に見えて、じつはかなり根拠のある話だ。天体物理学のスケールで見たとき、人類はちっぽけな太陽系の、さらにちっぽけな地球にへばりついたあまりにも小さな存在でしかない。そして宇宙全体から見た人類の発展は、宇宙規模からすると、わずかな熱量を発生させたり、エントロピー(乱雑さ)を加速させているに過ぎないという見方をする学者もいる。

 それはある意味、現実のわれわれの日々の活動における気力を失わせる考え方だといえよう。しかし、それでも事実は事実として受け入れ、人類は宇宙の中心などではないと分かった上で、真に価値のあるものは何かということを、謙虚な姿勢で考えるのも、人間には必要ではないのか。

 超越者であるはずのエターナルズもまた、人間同様に不自由で縛られた存在であることが、劇中で発覚する。しかし、エターナルズは最終的に、自分たちが価値ある存在だということを証明することになる。それは他者への思いやりや、自分の身を犠牲にしても大事な存在を助けようとする意志を持っているという点だ。それは人間にもある感情であり、それこそが生命の達成のなかで、最も美しく輝くものなのではないか。また、それがヒーローの本質でもあるはずなのだ。

 宇宙に多くの生命が存在するのならば、その考え方をみんなが学ぶことで、宇宙の生命全てが全体の幸福を目指すかもしれない。そうなれば、MCU作品におけるサノスや現実の独裁者のように大量殺戮を犯したり、私利私欲のために他者を犠牲にする者は出てこなくなるのではないだろうか。それは、物語のなかのヒーローたち、現実をより良くしようとする人々の最終目標であるはずだ。

 エターナルズに守られた人類もまた、その献身に応え、小さな存在である自分たちに価値があることを証明しなければならない。それは、一人ひとりがヒーローの心を持つことによって成し遂げられるのかもしれない。映画はあくまで作り物に過ぎないが、そこに本物の気持ちを込めることはできる。それが託されているはずの、エターナルズが見せた希望は、本作を観たわれわれ観客の手に委ねられることになったのだ。

■公開情報
『エターナルズ』
全国公開中
監督:クロエ・ジャオ
出演:ジェンマ・チャン、リチャード・マッデン、アンジェリーナ・ジョリー、サルマ・ハエック、マ・ドンソク、キット・ハリントン
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(c)Marvel Studios 2021

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