演劇というライブ空間で味わう、演技者・松本穂香の力量 『ぽに』が描く現実との地続き

 松本は『おいしい家族』(2019年)で映画初主演を務めて以降、つねに映画作品の中心に立つ一方で、『この世界の片隅に』(2018年/TBS系)をはじめとするドラマ作品でも存在感を示し続けている。それだけに、自然と“映像向き”の俳優なのだと思ってきた。事実、舞台作品への出演はこれが2度目で、5年ぶりのことだという。しかし、演劇というライブでこそ、彼女の演技者としての真価を味わうことができるのだと思い知らされた。舞台上での松本の足取りや手つきはまだ子どものようにおぼつかなく、発する声は円佳というキャラクターの“不安定さ”を物語っている。演技が不安定なのではない。足元の不安定な人間を、演じているのだ。舞台上で起こることの事態が事態なだけに、彼女のどこか気の抜けた表情や声音は深刻さに欠け、観客に不安を与える。本作はそんな円佳が「ぽに」になった43歳のれんと出会い、ともに時間を過ごすことで現状に対して少しずつ変わっていくものでもあるのだ。

 もちろん、加藤の手がける演劇作品に参加するのが4度目となる藤原季節のリード力も大きい。『止められるか、俺たちを』(2018年)、『his』(2020年)、『佐々木、イン、マイマイン』(2020年)と、次々に自身の名刺代わりとなる作品を手に入れ、あまりにも重苦しい作品世界に唯一の救いの風をもたらした『空白』(2021年)での好演も記憶に新しい、若き名プレイヤーだ。そんな彼が本作で演じる誠也とは、軽薄で「無責任」な青年である。円佳との関係は曖昧なままで、何かしら負わなければならない「責任」が生じることがあったとしても、“ああ言えばこう言う”的なノリで逃れようとするのであろう、口ばかりの男だ。これを演じてのける藤原が抜群に素晴らしい。セリフ回しはつねにまくしたてるようでありながら、受け手である松本のリアクションを的確に拾う。高い基礎力がなければ実現できないものだと感じた。

 本作の舞台装置は、子どもの“遊び場”のようである。小道具(おもちゃ等)が散らばった円形の広場から大きなネット遊具が斜めに伸び、ブランコも設置。これを四方から囲むかたちで客席は配置されている。観劇する座席の位置によっては、登場人物たちの見え方は異なってくる。目にすることができない表情や、うまく聞き取ることのできない声があり、人によって観劇体験そのものが変わってくるだろう。ここで、誠也宅、円佳のバイト先など、いくつもの異なる瞬間(シーン)が次々に立ち上がり、シームレスに転換していく。ここに若き鬼才・加藤拓也が中心となって描く、現実社会で私たちが直面する問題が怒涛の勢いで展開するのだ。改めて、何か問題が起こったとき、その責任はどこの誰にあるのか? これをクリエイトする俳優たちは、自身の「責任」をまっとうし、私たち観客に問題提起してくるのである。

■公演情報
劇団た組『ぽに』
2021年10月28日(木)~11月7日(日)
会場:神奈川県 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
作・演出:加藤拓也
出演:松本穂香、藤原季節、平原テツ、津村知与支、豊田エリー、金子岳憲、秋元龍太朗、安川まり

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