レア・セドゥが作家に愛される理由 『007』ボンドガールにも通じる孤独ゆえの新しさ
映画/旅人の署名
レア・セドゥは、キャリアの初期にクエンティン・タランティーノ監督の傑作『イングロリアス・バスターズ』(2009年)の農家の娘役や、チリの伝説的な映画作家ラウル・ルイスによる四時間超えの傑作『ミステリーズ 運命のリスボン』(2010年)に端役で出演したことを含め、映画で旅をすることに常に攻めの姿勢を持ち続けている。フランス国内においても、ブノワ・ジャコ、ベルトラン・ボネロ、アルノー・デプレシャン作品への連続出演など、個性の強い映画作家との結びつきを軸に据えている。レア・セドゥのこうしたフィルモグラフィーには、元々の映画好きの格好がよく表れている。レア・セドゥは、エリック・ロメール『愛の昼下がり』(1972年)、小津安二郎『お早う』(1959年)、ニコラス・レイ『危険な場所で』(1951年)等をフェイバリット映画に挙げている。
すべての俳優を性別問わず花のように撮り、美しい花がゆっくりと朽ちていくまでの過程を観察することに価値を見出していくかのような、ベルトラン・ボネロの『SAINT LAURENT/サンローラン』(2014年)で演じたモデル、ルル・ドゥ・ラ・ファレーズ。また、アルノー・デプレシャンはアブラティフ・ケシシュ作品のレア・セドゥとサラ・フォレスティエの二人をあえてダブル主演に迎え、アブラティフ・ケシシュの方法論に対する批評を試みるかのような『ダブル・サスぺクツ』(2019年)を撮った。
そして、レア・セドゥの多様なフィルモグラフィーを象徴する存在、ウェス・アンダーソンとの出会いがある。新作『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(2021年)において、ウェス・アンダーソンはレア・セドゥへの当て書きで、シモーヌというキャラクターを用意したという。
レア・セドゥとウェス・アンダーソンの出会いは、プラダの連作ショートフィルム(2013年)にまで遡る。フランソワ・トリュフォー監督の『突然炎のごとく』(1962年)の男女三人組にインスパイアされたコメディ作品。ウェス・アンダーソンはMTVムービー・アワードの連作ショートフィルム(1999年)以降、いくつもの珠玉の短編を撮っている。その後、レア・セドゥは『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014年)に端役で出演している。ウェス・アンダーソンの撮影現場の居心地のよさについて、レア・セドゥは心からの賛辞を送っている。
「(ウェス・アンダーソンの現場では)俳優やスタッフと、すべてを共有します。みんなで同じホテルに泊まり、毎晩一緒に食事をします。彼はすべてのエキストラの名前を知っています。そこにヒエラルキーはありません」※2
レア・セドゥは幼い頃、母親と二人でアフリカで過ごしたり、アメリカでサマーキャンプに参加したり、移住を重ねていたという。フランスの俳優であることを特別主張するわけでもなくアメリカ映画の中に溶け込んでいるのは、このときの越境の体験にルーツを遡るのかもしれない。レア・セドゥは「映画の孤児」、または「映画の旅人」として、コスポリタンの道を歩み続けている。
マドレーヌ・スワン、そしてジェームズ・ボンドというキャラクター自体もまた「映画の孤児/旅人」だ。敵対するブロフェルド(クリストフ・ヴァルツ)は、二人をこう形容する。「悲劇が結び付けた二人」。『007 スペクター』(サム・メンデス監督/2016年)において、マドレーヌ・スワンがボンド(ダニエル・クレイグ)に初めて出会ったとき、彼女は自分の素性、履歴を悟られまいと、勝ち気なまなざしをボンドへ向けていた。彼女は、銃の取り扱いについてもボンドが自衛の方法を教える必要がないほど熟知していた。マドレーヌ・スワンは、レア・セドゥがこれまで演じてきたキャラクターがそうだったように、登場の瞬間から誰かの色に染まることを拒否しながら、その間合いに彼女のバックグラウンドを浮かび上がらせていた。
レア・セドゥは、まなざし一つで相手を支配するだけでなく、まなざし一つで彼女を見つめる者が、そのキャラクターを自由に色づけることができる余白を与える。伏し目がちに視線を斜め前の遠くへ向けるレア・セドゥの不意のまなざし。それはボンド、そして画面を見つめる私たち観客に見透かされるための、「まなざしの署名」なのかもしれない。
『ノー・タイム・トゥ・ダイ』において、いつも助手席に座っていたマドレーヌ・スワンが運転席へ回り、娘に向けてボンドの決め台詞を継承する。「ボンド、ジェームズ・ボンド」。15年間の紆余曲折を経たダニエル・クレイグの最後のボンド作品として、マドレーヌ・スワン=レア・セドゥだけに許された「署名」の継承。この台詞は、ボンド=ダニエル・クレイグに捧げられた最良の賛辞として響くのと同時に、果敢な越境を繰り返し続けているレア・セドゥ自身にも反転可能な言葉だ。「映画の孤児/旅人」として、レア・セドゥは世界に署名する。「私の名前はセドゥ、レア・セドゥ」
参照記事
※1:Lea Seydoux: 'I have got lighter as I’ve got older' | Film | The Guardian
※2:Lea Seydoux Interview "Her Career And Cannes 2021" | Deadline
■公開情報
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』
全国公開中
監督:キャリー・フクナガ
製作:バーバラ・ブロッコリ、マイケル・G・ウィルソン
脚本:ニール・パーヴィス、ロバート・ウェイド、スコット・バーンズ、キャリー・フクナガ、フィービー・ウォーラー=ブリッジ
出演:ダニエル・クレイグ、レイフ・ファインズ、ナオミ・ハリス、レア・セドゥ、ベン・ウィショー、ジェフリー・ライト、アナ・デ・アルマス、ラッシャーナ・リンチ、ビリー・マグヌッセン、ラミ・マレック
主題歌:ビリー・アイリッシュ「No Time To Die」
配給:東宝東和
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