レア・セドゥが作家に愛される理由 『007』ボンドガールにも通じる孤独ゆえの新しさ

『007』レア・セドゥが作家に愛される理由

アデルとエマ/視線の交錯

 『美しいひと』でレア・セドゥを至近距離で見ていたルイ・ガレルは、監督作品『小さな仕立て屋』(2010年)で、彼女をヒロインに起用する。モノクロで撮られた中編『小さな仕立て屋』は、キャリア初期のレア・セドゥをどこまでもフェティッシュに撮った傑作だ。父フィリップ・ガレル監督が、「顔の映画作家」の最前線にいた頃を彷彿とさせながら、ザ・スミスの楽曲を使用していることからも、あくまでルイ・ガレルの世代の感性でレア・セドゥの肖像を素描している。

 ルイ・ガレルの手によって撮られた最良のレア・セドゥと言って過言ではない本作の撮影について、レア・セドゥは、ほとんど演技をしている感覚がなかったと語っている。『小さな仕立て屋』では、顕微鏡を覗くかのようにクローズアップにされたレア・セドゥの細かな表情の変化が次々と捉えられる。レア・セドゥの持つこの豊かさが、映画を駆動させる原理になっていることを教えてくれる。

『アデル、ブルーは熱い色』(写真提供=アフロ)

 カンヌ国際映画祭で最高賞であるパルムドールを受賞したアブラティフ・ケシシュ監督の『アデル、ブルーは熱い色』で、レア・セドゥへの評価は決定的となる。アブラティフ・ケシシュは、鬼の形相で、けたたましい音を立てながら彫刻を彫っていくような芸術家タイプの映画作家であり、それは同監督が、19世紀ロンドンの見世物小屋で働く女性を描いた『黒いヴィーナス』(2010年)で、一切の妥協なく俳優という「彫刻」を追い詰めていった方法にエクストリームな形で表されている。その方法論は、青い髪をしたエマ(レア・セドゥ)に魅せられるアデル(アデル・エグザルコプロス)の、いつも不安気に半開きにされた口元、すぐにでも決壊してしまいそうな脆い表情を軸に寄せられている。

 『アデル、ブルーは熱い色』は、ピエール・ド・マリヴォーの小説『マリアンヌの生涯』を朗読する授業のシーンに、アデルとエマの関係、そしてこの作品のテーマ自体が伏線として描かれている。

「視線がその方に吸い寄せられ、見ているのが嬉しいのです。何をするでもなく、見るだけで満足でした」

 ここから「ひとめぼれ」の概念について生徒に意見が求められる。生徒からの回答は「後悔」。教師からの問いは「運命」だ。「後悔と運命」。アデルは、彼女のキャラクターを特徴付ける半開きにされた口元で、この一連のやり取りに物言わずどこか魅せられている。やがてストリートで偶然目撃した、青い髪の美大生エマと交わした視線の交錯だけで、アデルの物語の全てがドラマティックに動き始めてしまう。このときのアデルは「後悔と運命」が自分の身に降りかかることを知らない。観客だけが、「後悔と運命」の決定的な瞬間に立ち会ってしまったアデルを知っている。

 アデルとエマが再び出会うのはクラブのバーカウンター。アデルはエマに完全に魅了される。このときの二人の間合いが素晴らしい。いつも不安気だったアデルの表情が、相手に魅せられることの喜びを隠しきれない表情に変化していく。エマは美術に関する談義を繰り出しながら、独特の間合いでアデルを魅了していく。話をきちんと聞けているのか不安になるくらい、アデルはエマの一つ一つのジェスチャーに魅せられる。このときのアデルには、つつましさと恥じらい、抑えられない感情への自制心が同時に錯綜している。

 また、公園のベンチでエマがアデルをスケッチするシーンでは、サルトルの言葉が台詞として引用されている。「人間の顔の持つ弱々しさ」。エマはアデルをスケッチしながら、「唇の脇に寄ったシワ」、「視線の奥に隠された感情」といった、肖像を描く際の細部へのこだわりを、アデルの瞳をまっすぐに見つめながら告げていく。サルトルの言葉を含め、このエマの台詞は、ひたすらアデル・エグザルコプロスの不安気な顔に迫っていくアブラティフ・ケシシュの映画の作り方そのものへの自己言及になっている。そして、視線の交錯で始まったこの恋物語の始まりにおいて、レア・セドゥが「まなざしの人」だということが、決定的な形で証明されていく。アデルはエマの「まなざし」から逃れられなくなってしまう。

 余談だが、本作のカリスマ的で凛々しいエマの顔が、レア・セドゥの幼少期の写真とまったく変わらないことに驚かされる。レア・セドゥは、弟が欲しかった姉(レア・セドゥのスタイリストだった)の要望で、小さい頃はよく男の子のような服を着ていたのだという。アブラティフ・ケシシュの方法論が行き過ぎてしまった結果、『アデル、ブルーは熱い色』は、監督とレア・セドゥとの間でメディアを介した論争にまで発展してしまう。アブラティフ・ケシシュの役者を追い詰めていく撮影方法に困難があったことを認めつつ、しかしレア・セドゥは、本作を誇りに思っていることを一貫して主張している。

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