『偽りの隣人』の根底にはチャップリン? イ・ファンギョン監督が語るコメディの必要性
韓国映画『偽りの隣人 ある諜報員の告白』が9月17日より公開された。「軍事政権が国民の民主化運動を弾圧していた1985年」「3名の盗聴チームが24時間体制で監視」など、あらすじから浮かびあがるキーワード、そしてタイトルだけを見れば、紛れもない社会派映画だと思うかもしれない。確かに社会派映画であることは間違いないのだが、コメディであり、どこかファンタジーでもあるのが本作の大きな特徴だ。同時代を舞台とした韓国映画『1987、ある闘いの真実』、『タクシー運転手〜約束は海を越えて〜』とは全く違う“軽やか”な魅力を持っている。
政権から目の敵にされ、海外に逃れていた野党総裁のイ・ウィシク(オ・ダルス)と、彼を監視する諜報機関のユ・デグォン(チョン・ウ)。まったく相反する立場の2人だったが、いつしかその思いは重なるようになっていく。
監督は、韓国歴代興収10位の記録を持つ『7番房の奇跡』を手がけたイ・ファンギョン。本作にどんな思いを込めたのか、話を聞いた。
生きることは“コメディ”
ーータイトルから感じたものと、映画の中身はいい意味でまったく異なる印象を受けました。本作はどんな思いで企画されたのでしょうか?
イ・ファンギョン:私はこれからの世の中がもっともっとウィットに富んだ面白い、楽しい世の中になってほしいなという風に願っています。そのためには過去を知ることはとても大事なことだと思っています。1973年の金大中(キム・デジュン)大統領軟禁事件がモチーフにはなっていますが、その事件をドキュメンタリーとして撮るのではなく、楽しめて感動もできる“物語”として、ある種の気楽さを持って、観客の方に観ていただきたいと思いました。韓国の民主化運動を描いた作品は多くありますので、改めて“史実”を伝えても意味がない。私なりの新しい解釈で、観客の皆さんに「こんなこともあったのかもしれない」と思ってもらえる作品を作ることができたと思っています。
ーーシリアスなシーンはもちろんあるのですが、あるシーンだけ抜き出せば「コメディ映画」と言っても差し支えないぐらいにユーモアあふれるシーンが魅力的でした。監督にとって、“笑い”とはどんなものなのでしょうか?
イ・ファンギョン:私は生きることは楽しいこと、みんなで笑い合うことができる“コメディ”だと思っています。主人公のデグォンは監視する盗聴要員なので怖い役柄と言えます。しかし、彼と同じ盗聴チームのドンシク(キム・ビョンチョル)とヨンチョル(チョ・ヒョンチョル)の姿を見ていただいても分かるように、まったく怖い人たちではありません。ドンシクとヨンチョルは本作におけるコメディ要素の根幹を担っていると言ってもいい存在です。盗聴をする側の立場である彼らも、悪人ではなく、同じ人間であることを伝えたった。彼らの食事やトイレなど日常の様子を多く描くことで、人間味のある温かなキャラクターを印象付けたいと思いました。
ーードンシクとヨンチョルが、盗聴先であるウィシクの自宅にわけあって侵入してしまい、家政婦さんに見つからないように右往左往する姿はまるでコントのようで爆笑してしまいました(笑)。セリフもなく、彼らの身体だけの振る舞いは、チャーリー・チャップリンのサイレント映画を思い出しました。
イ・ファンギョン:ありがとうございます(笑)。チャップリンの作品は子供のころから大好きで常に観ていました。映画人となってからも、まさに教科書のような作品として私も参考にしています。今回も無意識的にも影響があったかもしれません。挙げていただいたシーンは、俳優の皆さんとのアンサンブルと言えるシーンでした。一回撮影が終わると3人の俳優さんと私と集まってまた研究をするんですね。そして、次はどんな風に撮ったらいいのかを考えて、各自がホテルに帰ってからもそれぞれアイデアを出して、次の日にまたそのアイデアを持ち寄ってリハーサルをする。何回も話し合いを重ねて作り上げていったシーンなんです。私だけの考えでは絶対に作れない、俳優の皆さんのアイデアがあったからこそ生まれたシーンとなっています。
ーーデグォンはウィシクを共産主義者に仕立てて投獄するはずが、次第に彼の家族を愛する心、国民の平和と平等を願う思いに感化されていきます。デグォンがウィシクの心に触れたとき、離れているはずの2人が机を向かい合わせるように見つめ合う。非常にファンタジックなシーンでしたが、とても印象に残っています。
イ・ファンギョン:私はどの作品も必ず1回はファンタジー要素を入れています。セリフとして直接伝えるのではなく、現実では起き得ないことも、映画としてなら説得力を持って観客の方に伝えることができるからです。おっしゃっていただいたように、あのシーンは2人の心が通い合った瞬間であり、本作の中でももっとも大切なシーンであったので、ここでファンタジックな演出を入れようと思いました。
※以下、一部結末に触れます。